バイク――「里山の原風景」を感じて

水分補給を済ませたら、次は自転車パート。琵琶湖の湖畔から、鈴鹿山系の麓にある雪野山をめざして、およそ28.5kmの道のりを走る。
里山の景色を駆け抜けていく。東近江は田植えのシーズンを迎え、地元で親しまれる「太郎坊宮」では、五穀豊穣、産業発展を祈る儀式「お田植大祭」も執り行われていた。

ふと、空を見上げると、雲がゆっくりと流れていく。そのすべてが絵になるような、きれいな田園風景だった。

近くには、近江商人のふるさと・五個荘の町並みも。白壁と黒格子の蔵屋敷が並ぶその風景は、まるで時代劇のワンシーンのようで、近江商人が大切にした「三方よし」の精神が、いまもここには息づいている。

自然と歴史を感じる風景を走っていると、沿道の人たちが手を振って、声援を送ってくれる。「がんばってや~!」という声に、疲れも吹き飛んでしまうようだ。
なかでも印象的だったのは、応援うちわを持って、畑のわきから声をかけてくれたおばあちゃん。
「いつも楽しみにしてるさかい、気いつけてな!」
ただ通り過ぎるだけの町が、応援してくれる人がいる町へと変わっていく。その土地の人との触れ合いこそが、旅の楽しみの醍醐味なのかもしれない。

ルートを誘導してくれるのも、地元のボランティアのみなさんだ。途中の休憩ポイントでは、地元の方々がドリンクやお菓子を配ってくれたり、子どもたちがうちわで風を送ってくれたり。

「SEA TO SUMMIT®」は、単なるアウトドアイベントではなく、町ぐるみのおもてなしイベントなんだと、強く実感した。
自転車パートの終盤には、赤い鳥居が見えてくる。そこは「勝運の神」として知られる太郎坊宮(阿賀神社)。切り立った岩山に築かれたこの神社は、地域の人々の信仰を集める名所で、ここで祈願していく参加者の姿もあった。

ペダルをこぎながら、次第に風景が里山へ変わっていく。自転車を降り、歩き始めると、段々と標高が上がって、雪野山の登山口が見えてきた。
登山――自分の足で、てっぺんへ

ここからは、いよいよラストスパート。標高308mの雪野山を、歩いて登る。距離にすれば4km弱だが、すでに30km以上を進んできた体には、予想以上の負荷がかかる。
でも、ここでもまた、辰野会長の言葉がよみがえる。「自然の中では、競争はいらん。自分のペースで楽しんだらええんやで」。
登山道には、小さな花が咲き、野鳥の声が響く。立ち止まり、水を飲み、息を整えながら一歩ずつ登る。前にも後ろにも参加者がいる。でも、誰も焦らないし、急かさない。

登ること1時間、ようやく山頂に着いた瞬間、思わず声が出た。
眼下には、水田がきらきらと光り、東近江のまちが広がっていた。さっきまで自分がいた場所を、自分の足でここまで登ってきたんだと思うと、感慨深いものがあった。

山頂近くには、4世紀ごろに築かれたとされる雪野山古墳が静かに佇んでいた。古代から人々がこの山を大切にしてきた証。いまここに立つ自分も、その歴史の延長線上にいるのだと思うと、自然と背筋が伸びた。
手にできた豆も、なんだか誇らしく思えた。

モンベルの思いと、東近江の温かさ

「SEA TO SUMMIT®」は、自然に挑むイベントではない。自然と向き合い、自分の内側を感じるイベントだ。カヤックで自然に包まれ、バイクで地域とつながり、登山で自分と向き合う。
そして、そこにはいつも「人」がいた。辰野会長の言葉、沿道の声援、里山の風景……。
湖から山へ。SEAからSUMMITへ。自然の中では、無理をしなくていい。誰かと競わなくていい。自分の呼吸を感じながら、一歩ずつ進むだけで、何かが変わっていく。
そんな「変化」のきっかけが、琵琶湖のほとり、東近江にあった。

このイベントの魅力は、単なるアウトドア大会にとどまらず、「自然との共生」「人と地域のつながり」というテーマが軸になっていること。
体力に自信がなくても、アウトドア初心者でも、自分のペースで楽しむことができる。そして、そこには必ず「出会い」がある。自然と、人と、自分との――。
来年もまたぜひ、この「びわ湖 東近江 SEA TO SUMMIT®」へ。そのときはもう少し、自然を心から楽しめる体力をつけていたいと思う。
2025.08.24(日)
文・写真=CREA編集部