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漫画家・雁須磨子さんインタビュー
『起承転転』第1話
最新作『起承転転』(太田出版)の第1巻を上梓した、漫画家の雁須磨子さん。18歳で上京してから32年――“売れない役者”を続けてきた主人公・葉子は故郷の福岡に戻ることを決心。お金もない、体力もない。「50歳・無職」となった葉子に訪れる、人生の新展開とは? 本作の魅力について、雁さんにお話を伺いました。

――雁先生は、過去作『あした死ぬには、』(太田出版、全4巻)で40代の直面する心身の不調や悩みなどについて描かれています。本作は主人公が50歳。「待ってました!」という読者が多いと思います。
雁 順当に50代の漫画にシフトしたという感じですかね。自分も50代になって思うことなどを描いていけたらと思って。身近な人からは「自分のことかと思った」みたいな声をたまに聞きます(笑)。
50代と40代の違いとは?

――50代ってやっぱり40代とは全然違いますからね。私も50代のいち読者として、首が折れるほどうなずきながら読みました。
雁 うれしいです! 私の実感としては、50代になると友達と話す悩みの内容がより具体的になってきたなと思っています。「病院、どこ行ってる?」とか「この先の賃貸契約どうする?」とか。現実的に自分たちの今後をどうするか。溢れかえっているものをどう処分するかとか、何を残すのかとか。
――主人公の葉子は18歳で上京し、東京で俳優の仕事と副業バイトをしつつ独身で32年過ごしてきました。50歳を節目に俳優を辞め、郷里に帰って一人暮らしを始めるという設定はどのような意図から?
雁 『あした死ぬには、』の本奈さんはけっこう堅実にやってきた人でしたが、葉子さんはそうでもない。これまでの人生を一度リセットして、定職もなく自分というものの立ち位置がなくなってしまったような人を主題に据えて、その人から見た世界を描いてみようという感じですね。葉子さんの行き当たりばったりで世の中を渡ってきた部分はわりと自分に近い感じです。その良い面も悪い面もどっちも描けたらいいなと思いました。
――私の周辺でも「何歳まで働くの?」「そもそも今の仕事、いつまで続けられるの?」「これから新しく仕事を探すとしたら何ができるの?」といった疑問はよく話題にのぼります。
雁 そうしたことにも触れていきたいですね!
故郷に戻っても、実家には帰らない

――葉子は生まれ育った福岡に帰っても、実家には帰らず一人暮らしをすると決めていたのはなぜなんでしょうか。
雁 一人がいいんだと思います。親も今時点では同居を望んでないから、「親と暮らさなくてもいい人」の話ではあると思いますね。
――でも地元は安心な土地だから戻りたかった?
雁 そうですね。葉子はだれにも「帰っておいで」って言われてないのに帰ってきた人。でも、別に帰ってきたことを悪くも言われてない。くわしく言うと「あなたももういい加減にしなさい」ってだれにも言ってもらえなかった人でもあるし、言われなくてすんだ人でもあるって気がします。
――うわぁ、ズバズバ刺さります。
雁 私が実際にそういう感じでもあるので……。
――葉子はお母さんと仲が悪いわけでもない。「なんもなかったら会いたくないって思ったらいけないんですか」というモノローグにはハッとしました。共感する読者も多いのでは。
雁 共感してくれる人がちょっとでもいればうれしいですね。今は「地元に帰ってきたなら同居するのが普通」と考えるような保守的な親は少ないかもしれないと思って。だからこそ葉子もまださまよっちゃうのかも。家族からの強烈な引力があると、窮屈だけど居場所が与えられる。
――自由であることの良さと宙ぶらりんさの両方をひしひし感じます。
雁 そうですね。「だれかが強く『ここに来い』って言ってくれたら行くのに」みたいな人も世の中にはたくさんいらっしゃるかも。あるいは「いや!」って反発することもできますし。
2025.10.19(日)
文=粟生こずえ