この記事の連載
漫画家・雁須磨子さんインタビュー
『起承転転』第1話
「捨てる」は必ずしもマイナスではない

――リアルに想像すると50代で新しい生活を始めるって勇気がいるでしょうね。
雁 でも、楽しいですよね、きっと。そこは描かなかったですけど、葉子が東京の家を片付けるときは楽しかったと思うんですよ。「これは捨てられないな」なんて考えながら。
――気分一新、髪もばっさり切って。
雁 そうそう、髪をベリーショートにすることだって新しいことですし。
――「捨てる」って必ずしもマイナスの行為ではないんですね。新しい起点にもなるわけで。でも、実際には葉子はお金の蓄えもそんなになくて。不安だろうなぁと思うんですけど、その怖さにこそ生命感があるというか。
雁 葉子さんは楽天的な性格というふうにキャラを振っていて。だからお金がないのにふわふわしていて、弟にお金を借りたりしちゃうみたいな(笑)。葉子はおそらく就職氷河期世代とバブル世代の間ですね。ちょっと氷河期寄りかな。でも、就職してないから、やや楽観的みたいな感じですかね。自分の力でここまで来たぞっていう経験値もあって。
――葉子を見ているとハラハラドキドキしながらも勇気がわいてきます。ここから新しい仕事を始めて生活を作って、新しく人と出会っていけるんだという。
雁 人間は「これまでやってきたこと」がどうしても幅を利かすなと思って。何をやってきて、何をしてこなかったのか。主人公はこれからやれることを探して、お金もちゃんと稼がせなきゃならない。就職も厳しいだろうし。でも、現実にやっている人もいるわけですから、そういうのをちょっとリアルに描けたらいいなと思いますね。新しい人と友達づき合いをするなり、新しいコミュニティに入っていくなり、人と関わって、できることがまだあるということを。
漫画家以外の職業に就くとしたら?
――葉子さんが単発バイトで働いて、この先どんなステップに進むのかとても楽しみです。雁先生は、もしこれから漫画家という職業とはまったく違う仕事を始めるとしたらどんな仕事に就いてみたいと想像されますか?
雁 何でもできるんじゃないかなって思ったり、何にもできないのかもしれないとも思うんですけど。生活のため、自分が暮らしていけるサイズのお金を稼ぐのは嫌じゃないなと思いますね。アルバイトやパート、仕事は何でもいいなぁって思います。やりたい仕事というよりは、どうやってお金を稼いでいけるかを考えるのは楽しいです。もともと同人誌をやっていたのもあってお店屋さんごっこが大好きなんですよね。「こういうものを売るお店やったらどうかな」なんて、妄想することがありますよ。今ならネットで販売もできるし、会社を立ち上げたら……とか(笑)。
――では最後に……『起承転転』というタイトルはどういう意図でつけたのでしょうか。
雁 担当さんとタイトル会議をしてたくさん候補を出しあって。ふと「『起承転転』、どうかな?」って言ったら「それでいきましょう」ってすぐに決まりました。その場で担当さんが「もうタイトルロゴのイメージも浮かびました」って。「転」の字が転がるみたいなロゴデザインが上がってきて、とても気に入っています。
――人生ってそうあっさりとは完結しないものなんでしょうね。葉子とともに「転転」を楽しんでいきたいと思います。
雁 須磨子(かり・すまこ)
福岡県出身。1994年に「SWAYIN' IN THE AIR」(『蘭丸』/太田出版)にてデビュー。BLから青年誌、女性誌まで幅広く活躍し、読者の熱い支持を集め続けている。2006年に『ファミリーレストラン』(太田出版)が映像化。2020年に『あした死ぬには、』が第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。『幾百星霜』(太田出版)、『どいつもこいつも』(白泉社)、『つなぐと星座になるように』『感覚・ソーダファウンテン』(講談社)、『ややこしい蜜柑たち』(祥伝社)、『毎分毎秒』(新書館)、『かよちゃんの荷物』(竹書房)など著書多数。

起承転転 1
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2025.10.19(日)
文=粟生こずえ