太古の昔、大陸から分断され誕生した西表島。この島に棲む動植物は閉ざされた環境で独自の進化を遂げ、命を紡いできた。

 大いなる自然の叡智に触れ、大地と共鳴する旅へ。


静寂の島に息づく命の鼓動を受け取る

 台風が湿度を帯びた風と灰色の雲を連れて沖縄県八重山諸島に接近していた。石垣島から西表島に向かうフェリーの旅は約1時間ほど。強風に煽られながら目指す島が近づくにつれ、その島影が想像より大きいと気づく。沖縄県で2番目の面積を誇るそこは、驚くほど静かな島だった。

 世界自然遺産に登録されている西表島のネイチャーガイドは専門資格を有する者だけが務めることができる。彼らに連れられて島の90%を占めるジャングルに足を踏み入れたとき、その静寂の理由がこの島の植物たちにあることを知った。

 海岸線に沿って広がる森に足を踏み入れた途端、びゅうびゅうと体に吹きつけていた風がぴたりと止んだのだ。

 肌にも耳にも、一切の風はおろか波の音すらも届かず、ただ目の前に濃緑の世界が広がっている。ガジュマル、テリハボク、それから海岸線にずらりと並んだマングローブ林などが風を遮っているからだそうだ。

 生存競争の激しいジャングルで木々は太陽を求めて高く背を伸ばす。そして強風に耐えるため根を四方へ大きく張るよう進化していった。

 本州よりも台湾に近い亜熱帯気候の西表島で、台風を耐え忍ぶ植物たちの知恵である。いつしか人もその叡智を「防風林」として暮らしに生かすようになった。

 季節が巡るたびに台風に苛まれる木々たちを思うと胸が痛む。だがこの島では、むしろ台風こそが命を育む循環の源だとガイドは言うのだ。

2025.10.09(木)
写真=杉山拓也

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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