北村 議論はそれだけでは終わらなかったのですが、読者の方の興を削いだらいけませんので、この辺にしましょう(笑)。とにかく清張先生はいろんな可能性を考え尽くした上で、この作品を書いていますよ。

宮部 今もミステリクラブ時代と同じように、議論なさっているんですね。

北村 周到な議論を重ねた上で、私は「大黒屋」を推したい、ということです。

有栖川 この作品はチャーミングなんですよ。「あの家は何かがおかしい気がする」と、疑惑の発端自体はすごく弱い。登場人物も「気を回し過ぎかな」と言っているくらいだし、わざわざあそこから物語を始めなくてもいいような気もする。でも、その妙なところが魅力ですね。北村さんのご友人がひっかかったという鍬のところは、私は手掛かりとして機能していると思いますし、物語の結末も面白い。ではなぜ選ばなかったのかと言われると、これはみなさん予想だにしない、非常に私的な理由です。

宮部 何でしょう!?

有栖川 この小説の最後の真相に絡む▲▲です。小学生の時に気付いたのですが、「シャーロック・ホームズ」でも「おそ松くん」でも「水戸黄門」でも、シリーズものには必ず▲▲が出て来るエピソードがあった気がする。私としては、この作品は主人公を同じくするシリーズものではありませんが、『彩色江戸切絵図』という連作短編集に収録されているので、「ああ、▲▲の話が来たな」という感じでした。たまたまのことで、この作品の面白さが損なわれるわけではありません。この短編集からは他の作品を選びました。

「これだけは我が身に起こってほしくない」妻への不信にとりつかれた夫に訪れる悲惨な末路とは――。読み逃し厳禁! 松本清張の時代短編ベスト9【後編】〉へ続く

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2025.08.10(日)
文=有栖川有栖、北村 薫、宮部みゆき