宮部 「夕凪」に描かれているのは、瀬戸のベタ凪ですね。広島出身の方に訊いてみたら、そよ風も吹かず「本当につらいんですよ」とおっしゃっていました。人間の感情の行き違いから来る残酷なドラマの裏に、過酷なまでの暑さと真っ赤な夕焼けが広がっている。そのコントラストが伝わってくる――とは思うものの、正直、読みにくかったです。「大佛先生、分かりません」と思わず言ってしまいそうでした(笑)。

有栖川 私も清張さんの「酒井の刃傷」を先に読んだので、他2作をするすると理解できたように思います。「無惨やな」や「夕凪」から読んだら、色々と引っかかって、のめり込みにくかったかもしれません。
北村 犬塚又内の読み方が作品によって違うのも、原典には勿論、ルビがないからです。それぞれの作に、それぞれの味わいがありますよね。
宮部 3作を読んで、川合勘解由左衛門という老人を憎めるかと自分に問うてみると、なかなか難しいと感じています。若いときは、どうして皆が豊かになれる道を、自分の功績を鼻にかけて阻止して、刃傷沙汰まで起こすのか……と理解できなかったはず。ですが、自分が60代になってみると、分かるところもある。年を重ねて読み返すとまた違った感慨が湧いてくるのも、よい作家の素晴らしいお仕事ゆえのことだと思いました。
2025.08.10(日)
文=有栖川有栖、北村 薫、宮部みゆき