城戸川(きどかわ)りょうさんのデビュー作『高宮麻綾(たかみやまあや)の引継書』が大きな反響を呼んでいる。本作は第三十一回松本清張賞の最終選考会で次点となるも、刊行を望む声が相次ぎ、発売が決定した話題の一冊。選考委員として強く推した森絵都(もりえと)さんをゲストに迎え、作品の魅力に迫るトークイベントが開催された。
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森 作家デビューおめでとうございます。松本清張賞の選考で「高宮麻綾の引継書」を拝読したとき、とても完成度の高い作品だなと感心しました。かなりの分量があるにもかかわらず、読者を飽きさせないスピード感があり、登場人物の描き分けも素晴らしかったです。
城戸川 ありがとうございます。小学生の頃に森先生の『カラフル』を愛読していた身としては、選評に「一推しした」とまで書いていただき、更にこうしてお話しできるなんて感無量です。
森 本作は食品系の商社が舞台のお仕事小説ですが、主人公・高宮麻綾がとにかく暴れん坊で魅力的ですよね。親会社にも直属の上司にも暴言を吐くし、イライラすると貧乏ゆすりと舌打ちをするという強烈な女性です。選考会では「城戸川さんはどんな方なのだろう?」と話題になったのですが、実際にお会いすると、非常にナイスガイで。個性的な主人公はどのように誕生したのでしょうか。
城戸川 「高宮麻綾みたいな人と働きたくない」という趣旨のコメントをされた選考委員もいらっしゃったと聞きましたが、正直僕も「そうだよな」と思っています(笑)。麻綾は、三人の人物をモデルにしていて、その人たちの良い部分も悪い部分もドッキングして作ったんです。自分の好きなことに対して脇目も振らずに突進していく部分は私自身を、怒りを原動力に進んでいく部分は入社時に私の指導員だった先輩を、どんなに横槍が入ってもくじけず立ち上がる部分は、グループ会社の方を投影しています。
森 麻綾は、勢いよく突き進んでいく一方で、自分自身に対して不安も抱えてますよね。友人の出産報告を素直に喜べなくて、自分の器の小ささに落ち込むシーンなど、私にはとても印象的でした。
城戸川 今の時代はSNSの影響もあり、自分より人生が上手くいっていそうな人の姿が簡単に目に入ってきます。僕自身も、昇進や海外駐在や出産など、どんどん人生の駒を進めていく同期たちを横目に「自分は一体なにをしているんだろう」とモヤモヤしていた時期がありました。こういった感情は誰でも持ちうると思うので、人間臭さみたいなものを麻綾に落とし込みたかったんです。

森 麻綾は激しい性格の持ち主ですが、物語が進むにつれてどんどん応援したくなります。その変化の描き方もとてもお上手ですよね。また、選考で応募作を読んだときと、本で読んだときとでは、麻綾の印象が少し変わりました。彼女の魅力の本質は変わらないのですが、いっそう好感を持ちました。かなり改稿されたのでしょうか?
城戸川 応募原稿では「高宮麻綾=怒り」というイメージが強かったので、和らげるように工夫しました。舌打ちの数を減らしたり、粗野な言葉遣いを直したり。ただ、調整しすぎると丸くなって、彼女らしさがなくなるというジレンマが生まれ……じゃあ少し舌打ちの数を増やすか、と書き足したりしました(笑)。
森 造形以外にも、全体的に情報の整理がされて読みやすくなっていました。
城戸川 過去の事件の鍵を握る作中作のようなパートも、物語に必須な部分だけを残して、全カットしました。応募時に「ここでサラリーマンの悲哀を表現するんじゃあ!」と気合を入れて書いた箇所だったので、削るのにはかなり勇気が要りましたね。
2025.07.27(日)
文=森 絵都,城戸川りょう