
『わるい食べもの』シリーズの食エッセイでもおなじみ、食いしん坊作家の千早茜さんが、子どもの頃から愛してやまないカカオの黒いお菓子。食べる側の愛と探究心が浮き彫りになるチョコレートとは?
連載も第四回目となり、そろそろお気づきの方もおられると思う。前回のタイトルなんて「黒い包容力」だ。もう逃れられない。「千早茜ってチョコレートは黒いものだと思ってない?」と疑念を抱いた方、その通りです。
黒、暗褐色、焦げ茶……そういった暗い色のチョコレートを私は愛している。もちろん、この世にはやわらかな象牙色をしたホワイトチョコが存在することは知っている。ホワイトチョコはチョコじゃない、なんてブラック&ミルク原理主義的なことを言うつもりもない。ホワイトチョコにはカカオバターが入っているので、れっきとしたチョコレートである。カカオ豆を発酵させ焙炒し、皮などを除いて砕くとカカオニブができる。カカオニブをすりつぶすとカカオマスができ、これに砂糖や乳脂肪を加えるとチョコレートになる。このカカオマスに含まれるカカオバターのみを取りだして作ったのがホワイトチョコである。
私はカカオマスが好きなのだ。茶色く、苦味や酸味を内包するカカオマスが刺激的でたまらない。ホワイトチョコはどこまでもクリーミーでちょっと優しすぎる。抹茶チョコというジャンルに関しては、「甘い抹茶」に対する複雑な思いがあるので見ないふりをさせてもらえたら助かる。
ホワイトチョコも愛せたら、とは思う。私のチョコレートの世界はますます広がるだろう。なので、時々、挑んでみる。判定基準は板チョコである。板チョコで一枚食べきった時になにを思うか。
板チョコは素晴らしい。最もシンプルにチョコレートと向き合える舞台であり、チョコレートへの想いを写す鏡でもある。包装紙をべりべりと剥がして食らいつくも良し、割って人に分けるも良し、持ち歩いて少しずつ食べるも良し。冷やすとバキッとした食感を楽しめ、常温だとなめらかさを堪能できる。刻んだり、溶かしたりして飲み物や料理に使うこともできる。板チョコは端から端まで味の変わらない平坦な板だ。だが、それ故に食べる側の愛と探求心が浮き彫りになる。
好みの板チョコに出会うと幸福に満たされる。ボンボンショコラと違って一口で終わらない。何口も味わえる。割っても、割っても、まだある。齧りつけば、チョコの地平線が見える。ああ、たまらない。

そんな気持ちをどうもホワイトチョコに抱けない。ひと欠片、ふた欠片、口に入れ、「おいしいねえ」と頷いても、その興奮は一枚分は続かない。キャラメルのような風味のブロンドチョコレートや、「第四のチョコレート」として登場したまろやかな酸味のルビーチョコレートも「おいしい」とは思うが、チョコの地平線を望みたいほどではなかった。ナッツやドライフルーツ、ガナッシュ、焼き菓子、果物のピュレなどと合わせたら楽しいだろうなとわくわくはする。ちなみに、フランスの『ATELIER gato』の、カリカリのキャラメルが入ってドライフルーツやナッツがトッピングされたブロンドチョコは、薄氷のような形状も含めてブロンドチョコの革命だと思った。あれは、たまらない。一箱いってしまう。
そして、板チョコにおいても仏ショコラの洗礼はあり、十年ほど前に板状のショコラをタブレットと呼ぶことを知った。タブレットショコラの王は『BERNACHON』だと思っている。チャンピオンベルトのような「B」の包装紙、大きさ、厚さ、重量感、高貴なカカオの酸味と忘れない遊び心、すべてが王の風格。お値段も王であるが、毎年、新作を血眼で求めてしまう。2025年は定番の「タブレット ビスキュイ」がリニューアルして、新しいビスケットの食感に「陛下! この上、まだ! まだ! 進化されますか!」と気絶しそうになった。
『BERNACHON』はタブレットの魅力を信じている。ずしりとしたタブレットには、これだけ食べさせても飽きないだろう、という重量級の自信と慈悲がみなぎっている。王の愛にお応えしようと、初めて一気に一枚食べた時、心臓がばくばくした。「これが王の力!」と震えたが、カカオに含まれるテオブロミンという物質のせいらしい。テオブロミンはカカオバターには入っていないので、ホワイトチョコにはばくばくしない。私はテオブロミンに悩殺されているのかもしれない。
板チョコ愛、とても語りきれないので次回に続く。
千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2008年「魚」(受賞後「魚神」と改題)で第21回小説すばる新人賞受賞しデビュー。09年『魚神』で第37回泉鏡花文学賞、13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞、23年『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞。近著に、西淑さんの挿絵も美しい短編集『眠れない夜のために』などがある。

Column
あまくて、にがい、ばくばく
デビュー以来数々の文学賞を受賞してきた千早茜さん。繊細かつ詩情豊かな文章で読者を魅了する千早さんのもう一つの魅力は、嗅覚鋭く美味しいものを感知する食への姿勢。そんな千早さんが「特別」と思うチョコレートにまつわるエッセイが今回からスタートします。西淑さんのイラストとともに、さまざまな顔をもつチョコレートを堪能してください。
2025.08.05(火)
文=千早茜
イラスト=西淑