
お菓子を愛し、『わるい食べもの』シリーズで食の楽しみを綴ってきた千早茜さん。今回は飲み物として、同じカカオマスを使ったココアとチョコレートについて、名探偵ポアロ顔負けの探究心で綴ります。
前回、チョコレートと茶のマリアージュ問題について書いたが、考えてみればチョコレートは飲み物でもある。
ココアは小さい頃から大好きな飲み物だった。牛乳は嫌いだが、ココアは好きで、なんとかココア分を濃くできないものかと悩んだ結果、親にねだって『バンホーテン』の砂糖や乳を含まない純ココアを買ってもらい、鍋を火にかけながら練って自分の好きなあんばいのココアを作っていた。
ある日、本を読んでいたら名探偵ポワロがチョコレートを飲んでいた。ポワロはベルギー人で甘いもの、とりわけチョコレートが好物である。そんな彼がチョコレートを飲んでいる。添えられているのはブリオッシュなるもの。よくわからないが「チョコレートに合う」とポワロは満足げだ。ココアではなくチョコレートというのが気になった。溶かしたチョコを飲んでいるのだろうか。髭にこびりつかない? 気になりすぎて物語の内容も謎解きも忘れてしまった。親に「チョコレートを飲みたい!」と訴えたが「ココアでしょう」と言われた。ココアではない気がした。ポワロは根っからの甘党だしココア一杯では満足しないと思われる。描写からもっとどろりとした濃いもののような気もした。
そのうち海外で暮らすようになり、刻んだチョコを牛乳に溶かした「ホットチョコレート」なるものがあることを知った。しかし、これもココアに近い気がする。ポワロが飲んでいたものとはどうも違うのでは、と思いながら大人になり、フランスの「ショコラショー」に出会った。『JEAN-PAUL HÉVIN』のカフェでだったと記憶している。ちゃんとブリオッシュもセットでつけられた。とろりと濃厚なショコラショーはカカオの香りが強く、きめ細かな泡までチョコレート色で、簡単には失われなさそうな熱をたたえていた。そこにブリオッシュをたっぷりと浸して、じゃぐっと頬張る。バターとチョコレートが混じり合い、脳が黄金と褐色のマーブル模様に染まる。指先まで活力が満ちる気がした。確かにこれならば、あの甘党ポワロも一杯で満足するだろう、と納得した。

そもそもチョコレートは飲み物から始まっている。メキシコのアステカ帝国ではローストしたカカオ豆をすり潰し、水を加えてペースト状にしてとうもろこし粉や唐辛子を加え、モリニーリョという棒で攪拌し泡立てたものだったそう。これを大航海時代にスペインが自国に持ち帰り、砂糖を加えて飲まれるようになる。十七世紀初頭にはフランスに伝わりショコラティエールという専用の金属のポットが考案される。蓋の部分にはモリニーリョを通す穴が開いており中のチョコレートを泡立てることができるようになっている。どの国でもカカオは貴重品で十八世紀までは宮廷といった特権階級の人々しか口にすることができなかったようだ。そして、1847年、英国の菓子職人が「イーティングチョコレート」を発明し、ようやく齧って食べるチョコレートが広がっていくことになる。要するに近世ヨーロッパではチョコレートといえば王侯貴族の飲み物だったということだ。
『テオブロマ』に行けば、飲むチョコレート専用のポット、ショコラティエールで「ホットショコラドリンク」を味わうことができる。攪拌棒モリニーリョもちゃんと刺さっている。寒くなり、ちょっと贅沢に貴族気分を味わいたい時は一人で熱いチョコレートを飲みにいく。『テオブロマ』の「ホットショコラドリンク」は四種類あり、中でも「スパイス」はぴりりと刺激的で、アステカ帝国ではこんな味だったのだろうかと、カカオ豆の歴史と伝播を想像しながら飲むのも楽しい。
千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2008年「魚」(受賞後「魚神」と改題)で第21回小説すばる新人賞受賞しデビュー。09年『魚神』で第37回泉鏡花文学賞、13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞、23年『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞。近著に、西淑さんの挿絵も美しい短編集『眠れない夜のために』などがある。
Column
あまくて、にがい、ばくばく
デビュー以来数々の文学賞を受賞してきた千早茜さん。繊細かつ詩情豊かな文章で読者を魅了する千早さんのもう一つの魅力は、嗅覚鋭く美味しいものを感知する食への姿勢。そんな千早さんが「特別」と思うチョコレートにまつわるエッセイが今回からスタートします。西淑さんのイラストとともに、さまざまな顔をもつチョコレートを堪能してください。
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 - 文=千早茜 
イラスト=西淑 - category
 
              