朝夕の寒さが身に沁みる今日このごろ。猛暑だった今年はなおのこと、冷たい風に身も心も凍えます。温泉はいつ訪れても心地の良い癒しの場ですが、秋から冬にかけては特に、冷えた体を芯から温めてくれてありがたい存在。熱いお湯に浸かって土地のおいしいものを食べる喜びは何ものにも代えがたい!

 温泉エッセイストの山崎まゆみさん著『おいしいひとり温泉はやめられない』には、「ひとり」で楽しめる魅力的な温泉宿と地域ごとの美味、自身が20年以上にわたって国内外1000カ所以上の温泉を訪れた経験から見出した旅のノウハウがギュギュッと詰まっています。「すぐに温泉へ行きたい」という方はもちろん、「いつか行きたい」と望む方も楽しめる魅惑のエッセイから一部抜粋してご紹介します。

温泉は動物的本能を覚醒してくれる

――温泉地で目覚める朝は、爽快だ。この日も、心身共にすっきりとしていた。入浴は体力を使う。その疲れも手伝って、コトンと眠りに落ちる。まして寝る前に温泉に入って身体の隅々まであったまれば、深い睡眠が得られる。眩しい光がカーテンから漏れる。そのカーテンを開けると、くっきりとした青空に山の稜線が浮かんでいた。あぁ……、外の空気が吸いたい。コートを羽織って外に出ると、吐く息が白く、キーンと張り詰めた空気で頬がヒンヤリとした。(中略)

――外湯(共同湯)を見つけた。朝湯に入ろう。洋服を脱いで「どっぼーん」。「ひゃあ、熱い!」と思わず声が漏れる。全身がピリピリする。高温のお湯で目がぱっちりと開いた。心と身体を目覚めさせてくれた。今日も私は元気だ。2024年の晩秋、長野県野沢温泉での朝――。

 とある仕事で、野沢温泉が掲げるサステナブルな体験について調査をするために、女性数名で現地を訪れた山崎さん。

――今回の仕事の目的は、野沢村に滞在して入浴し、野沢産の食事を摂り、そして仕事に励むという旅行商品が販売に足るかどうかを検討することだった。

「野沢温泉はひとりでいるのに、ひとりじゃない。地元の人たちとの交流が楽しくて、私は人見知りなのに、たくさんお喋りしました」

「よく眠れた~」

「朝食で食べたきのこはしっかりと味がして、その味の強さにびっくりして目が覚めた。ぜひ山菜の時期にまた来て、自分で山菜を採って自分で調理したら、おいしいだろうな……」(中略)

――普段の彼女たちは日々の出来事に忙殺され、感覚が閉じてしまっているかも。私は心の中で呟いた。

「目覚めよ、乙女の本能! ホンモノの温泉で己を覚醒させるのだ!」

 感覚を研ぎ澄ませて欲しい。本来、人間に備わった五感を眠らせておくのはもったいない。(中略)

――現代はストレスの嵐である。誰だって、ひずみを抱えているし、悩みのない人なんていない。だから、どうか温泉を頼って欲しい。温泉は動物的本能を覚醒させてくれる。特に「ひとり温泉」は内省するのに最高の旅のスタイルであり、ホンモノの温泉で、自身の本来備わっている力を呼び戻すことができるから。これが世にいう「整う」だ。(後略)

 長年にわたって日本のみならず世界の温泉を経験してきた山崎さんの「どうか温泉を頼ってほしい」という言葉は説得力大。では、どこの温泉宿を選べばいいの?という問いに本エッセイでは、「絶対に外さない宿選びのコツ」を指南してくれます。

 例えば「素泊まり」「イチアサ(一朝・1泊朝食付き)」「安価」をキーワードに探してみる、週末や繁忙期に空いている「シングルルーム」を探してみるなど。こんな風に、ひとり温泉デビューの方にも温泉に通い慣れた方にも役立つ、山崎さんが太鼓判を押す「通年でひとり温泉歓迎」の宿が25軒も紹介されています。

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