秋田県横手市山内(旧:山内村)で生まれ育ち、いまも地元・秋田で、自然に寄り添いながら絵を描き続ける若き画家がいます。その名は、永沢碧衣(ながさわ・あおい)さん。1994年生まれ、秋田公立美術大学で絵画を学んだ彼女の作品は、まるで山や川、そこに生きる生き物たちの“声”が聞こえてくるような、静かで力強い世界を描き出します。

 その根底にあるのは、横手市山内という、大自然の中で過ごした子ども時代の原風景です。奥羽山脈の麓にある、大自然に囲まれた横手市の山内地区は、これまでにもシンガーソングライターの高橋優さんや、東北の酒造り集団である「山内杜氏」(齋彌酒造店・雪の茅舎:高橋藤一杜氏、阿櫻酒造・阿櫻:照井俊男杜氏、日の丸醸造・まんさくの花:高橋良治杜氏の“山内G3”)など、数多くのアーティスト・職人を育んできました。

 2025年9月13日(土)から11月30日(日)までは、愛知県で開催されている国際芸術祭「あいち2025」にも参加している、永沢碧衣さん。今回は、「描く」という行為をとおして、命と真剣に向き合おうとする永沢さんのまっすぐなまなざしと、その作品を紹介していきます。


モチーフとなるのは、自然の中で出会った生き物たち

 筆者が永沢碧衣さんと出会ったのは、2017年。その当時から、永沢さんの根本にある制作への姿勢は変わらず、一貫しています。

 永沢さんの絵には、よく「熊」や「鮭」など、山や川の動物たちが登場します。でもそれは、図鑑を参考にした絵ではありません。彼女は実際に山へ入り、川に足をつけ、動物たちの姿を自分の目で見て、感じたことを絵にしています。

 たとえば大学時代、「鮭の遡上」をテーマに絵を描こうと決めたとき。彼女は漁師さんや研究者に話を聞き、秋田県内の川を何度も訪ね、鮭が川をのぼる姿を自身の目で見届けました。魚の動き、水のにおい、川の音、山の静けさ――すべての感覚を絵に込める。それが彼女の制作スタイルの基本です。

 「自然の中に入っていくと、自分が小さな生き物に戻ったような気がするんです」と永沢さんは話します。絵を描く前に“自然の一部”になる。そんなふうにして、彼女は命の風景を描き続けています。

秋田では、敬意をもって撃たれる、熊の命

 あるとき彼女は、秋田県の北部、北秋田市にあるマタギの里・阿仁を訪ねました。「マタギ」とは、山のルールを大切にしながら狩猟をおこなう、昔ながらの山の民。その暮らしぶりに触れた永沢さんは、ますます自然と真剣に向き合うようになります。

 やがて彼女は、なんと狩猟免許を取り、自ら山に入り、熊の猟に同行するようになります。箱罠や猟銃で捕らえられた熊を解体し、肉は食べ、毛皮からは膠(にかわ)をつくり、それを絵の画材として使うという試みまで始めました。

 そこには、「命をいただいて、描く」ことへの覚悟があります。

「自分が何を描いているのか、もっと深く知りたかったんです。命の重みを無視して、きれいな絵だけを描くことはできなかったから」

 永沢さんの言葉は静かですが、その奥には強い思いが込められています。

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