お菓子を愛し、『わるい食べもの』シリーズで食の楽しみを綴ってきた千早茜さん。甘いものをよりおいしく味わうために欠かせないのがお茶との組み合わせ。その「マリアージュ」を日々探求する千早さんが、チョコレートに合わせる飲み物としてたどり着いた答えとは?

 偏屈ではあるが食いしん坊を公言し、『わるい食べもの』という食エッセイ本を四冊も刊行しているので、チョコレート以外にも好きな飲食物はたくさんある。そもそも甘いものを食べない日はなく、糖尿病になったらどう生きていけばいいのか悩むほど、菓子探求に生涯を捧げたいと思っている。

 そんな菓子を楽しむ時間に欠かせないものは茶だ。茶を飲むのも、淹れるのも、人生になくてはならない要素のひとつで、早く隠居して茶飲み婆になりたいものだと日々願っている。

 菓子と茶は私の中では番のようなもので、片方だけでは成り立たない。茶を試飲して買うと合いそうな菓子をその足で探しにいくし、菓子を貰ったり買ったりした時はどの茶と合わせようかとうきうき家路を急ぐ。そして、「カソナードを使った焼き菓子のコクとルフナは合う気がする」とか「どら焼きを中国茶と合わせるとしたら武夷岩茶だろうか」とか、あれこれと組み合わせを試し、自分にとって最高のマリアージュを探す。そのために、我が家にはハーブティー、紅茶、中国茶などが常時三十種類以上はある。趣味というか生き甲斐というか性癖というか、そんな私の菓子と茶への執着を知っている友人からしばしば受ける問いは「チョコに合わせる飲み物ってなにが一番いいの?」だ。

 どうやら訊いてくる人は「コーヒーに合わせてみたが最良とは思えなかった」という人が多いようだ。私はコーヒーは飲めないので茶に関してしか答えられないが、好みでいうと中国茶よりは紅茶を合わせたい。一般的にはアールグレイやウヴァやアッサムが合うとされている。オレンジピールやアプリコットといった果物の香りがする濃厚なチョコレートケーキとアールグレイ、ティラミスとウヴァ、スパイスやナッツの入ったチョコバーやカカオ系焼き菓子とアッサムといった組み合わせは私も好きだ。しかし、最良かと問われると「お、おそらく……」と弱気になってしまう。

 チョコレートと茶のマリアージュは人生の難問といってもいい。ガトーショコラとかフォレノワールとか菓子としてある程度味の予想がつくものならまだなんとかなるが、板チョコ(タブレット)は食べてみるまで苦味や酸味のバランスがわからない。ひと欠片食べてみてから茶を選ぶことはできるが、単体での完成度を超えられたという気がしない。

 特にボンボン・ショコラは悩ましい。キャラメルやガナッシュ、プラリネ、ジャンドゥジャなどを詰めた一口サイズの美しいボンボン・ショコラが入ったコフレは、その名の通り宝石箱だ。小さく可憐でありながらそれぞれの個性をしっかり持ったボンボン・ショコラたちを眺める時間は至福だが、全て一口サイズであることが試練以外の何物でもないと思わせられる。食べると消える。食べて茶を選ぶことができない。難攻不落の姫君たちだ。

 ボンボン・ショコラのコフレはショコラティエの技術や食材愛が詰め込まれた研究論文だと思っている。年一度のチョコの祭典「サロン・デュ・ショコラ」ではショコラティエ買いをして、「はああー、今年はこうきましたかー」と平伏する。あらかじめ柑橘とかベリーとか蜂蜜とかテーマを提示してくれるものもあるので予想をつけて茶を選ぶこともできるが、必ず変化球ボンボンが数粒入っているので一種類の茶ではとても対応しきれない。旅先で出会った食材で作りました、なんていうコフレなどはもうお手上げだ。茶は諦めてブランデーやウイスキーといった濃い酒を合わせるという手もあるが、洋酒を使っているボンボン・ショコラも多いので喧嘩する可能性がある。

 宝石箱とのマリアージュを二十年以上悩み続けた結果、でた結論は、白湯だ。一粒食べるごとに白湯を飲めば口の中をリセットできるし、口腔内が温まるのでチョコレートの口溶けも抜群に良くなる。チョコレートに合う最良の飲み物を訊かれて「白湯」と答えると笑われるが、侮るなかれ、最高の白湯のために去年は岩手まで赴いて鉄瓶を探したのだ。

 姫にかしずく鋼鉄の騎士のように、食べられる美しい宝石箱のお供にはごろんと重い黒々とした鉄瓶がある。

千早茜(ちはや・あかね)

1979年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2008年「魚」(受賞後「魚神」と改題)で第21回小説すばる新人賞受賞しデビュー。09年『魚神』で第37回泉鏡花文学賞、13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞、23年『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞。近著に、西淑さんの挿絵も美しい短編集『眠れない夜のために』などがある。

Column

あまくて、にがい、ばくばく

デビュー以来数々の文学賞を受賞してきた千早茜さん。繊細かつ詩情豊かな文章で読者を魅了する千早さんのもう一つの魅力は、嗅覚鋭く美味しいものを感知する食への姿勢。そんな千早さんが「特別」と思うチョコレートにまつわるエッセイが今回からスタートします。西淑さんのイラストとともに、さまざまな顔をもつチョコレートを堪能してください。

2025.10.07(火)
文=千早茜
イラスト=西淑