長年、アフリカ各地で野生のゴリラにおける社会生態を研究してきた山極寿一さん。最新の著書『老いの思考法』(文藝春秋)は、ゴリラから教わる人生後半戦の生き方を綴った一冊だ。


【相談】ゴリラと暮らして教わったことは?

【回答】女性が自由で幸せになるヒントがありました(山極寿一さん)

 同書によれば、人間界で女性の社会進出が進む現代は、同じ類人猿であるゴリラの社会から見ると至極当然のことだという。

「人間に最も近い類人猿はメスが動く社会を形成しています。ゴリラやチンパンジーのメスは、思春期になると生まれ育った集団から離れてパートナーを見つけ、自分の血縁とは違う集団で暮らします。同じく人間も、本来は女性が動いてパートナーを探す性質。古い化石などから証明されているように、農耕牧畜を始めて定住、所有が原則となるまで女性は動いていました。

 ところが、エンゲルスが著書『家族・私有財産・国家の起源』に、女性の敗北は動きを止められてしまったことだと書いているように、産業革命が起きると男性は自身が社会で元気に働くために女性を家庭に閉じこめてしまったのです」

日本の女性は活動的だった

「一方、日本では平安時代から物を売り歩く女性の行商人がいました。日本中世史の研究で知られる歴史学者の網野善彦さんも、日本の女性は外で活動していたと言っています。江戸時代にできた三行半は男性の身勝手によるものだと考えられてきましたが、妻に出て行かれた場合、絶縁しなければ次の妻を迎えられないため、そういうかたちをとっていた。江戸時代はそれほど離婚が多かったんですね。つまり、女性は動いていたわけですが、明治維新以降、武家の御法度が一般市民にも適用され、女性が動けない社会に変化してしまいました」

 女性による外での活動と子育ての両立は、類人猿の中で人間だけが成し得た“あること”が関係している。

人間だけが複数の共同体を両立

「研究してきた中で人間最大の利点は、家族と共同体の両立という重層構造の社会を作ったこと。肉食獣の暮らす危険なサバンナで生き延びるために必要だったからですが、なぜ実現できたのかというと人間が主に核家族で、共感力が高かったためです。ゴリラは一夫多妻のようなオス1頭と複数のメスによる集団社会のみで、互いの集団が交じり合うことはありません。

 チンパンジーは複数のオスとメスがいる集団社会で、共同体は“見返り”を求める関係性で成り立っています。そして、ゴリラもチンパンジーも一度離れた集団に戻ることはありません。一方、人間は『集団のために尽くしてくれるに違いない』という共感力から何年不在だったとしても同じ集団に戻れますし、いろんな集団を行き来できます。我々が毎日のように家族、会社、友人などの集団に出入りできるのはそういう理由からなのです」

2025.08.20(水)
文=高本亜紀
写真提供=山極寿一

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

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