「柳生一族」 1955年(宮部みゆき・選)
宮部 同じ史伝の流れで、非常にミーハーな心で選んだのが、この1作。実は、参加の下準備としてたくさんの短編を読む中で「清張さんは柳生一族のことも書いていたのか」と知って驚いた作品でした。柳生宗矩(むねのり)は、山田風太郎が書くと剣豪に、松本清張が書くと政治家のように“黒く”なるのが面白いですね。一人の人間に対してまったく違う見方をしているというわけでもないのに、読後感がこれほど違うのは新鮮でした。
有栖川 これを読んで、柳生一族のことがすっきり飲み込めました。山田風太郎の『柳生忍法帖』ではキャラクターを大きく膨らませた分、実在が疑われてくるほどで、一族に対しての歴史認識は正直ぼやけますよね(笑)。一方、清張さんは順序立てて、「要するにこういうことです」と見せてくれるから分かりやすい。

北村 私は、小学生の頃に読んだ白土三平の貸本漫画「忍者武芸帳」や、五味康祐の小説『柳生武芸帳』で、柳生一族には馴染んでいました。中でもこの作品は非常に整理されていて、なるほどと理解し直せるところもありますね。
宮部 清張さんの書く史談の効用は、サラリーマンが部下とコミュニケーションを取るときにも発揮されていたと思うんです。居酒屋で「今年の大河ドラマの主人公がどんな人物か知らない? この人はね……」と部下に話して聞かせるとか(笑)。私が大好きな史談集に『私説・日本合戦譚』があります。日本史上に残る合戦を、長篠の戦いから西南戦争まで、ほぼ全て網羅した1冊です。書かれている史実の解釈は、最先端の研究に照らすと違ってきているところもあるかもしれませんが、この本さえ押さえておけば大河ドラマの解釈は大丈夫。主要な人物の歴史的背景が分かるし、部下にもいいところを見せられます。そういう場面においても、清張さんは支持されていたのでしょう。
北村 合戦譚から1編選ぶとすると、どちら?
宮部 「島原の役」ですね。こちらも山田風太郎の傑作『魔界転生』を先に読んでいたので、衝撃的なフィクション世界が脳にしっかりとインプットされていて(笑)。清張さんの筆を通して、初めて島原の役がどういうものだったのかを知りました。
2025.08.10(日)
文=有栖川有栖、北村 薫、宮部みゆき