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歴史を語る生き証人として

 室戸岬灯台は現在、毎年十一月に普段は立ち入り禁止の灯台内部の公開を行っている。その際の来場者によく分かるようにこういったプレートを作ったと、高知海上保安部の奥山さんがお教えくださった。

「灯台の隣に建つ石造りの官舎は、十一月の公開の際しか使われていませんが、ゆくゆくは常に人が立ち入ることの出来る施設に整備したいと考えています」

 室戸台風と太平洋戦争によって損なわれた際も、室戸岬灯台は部分的な修復だけでその役割を果たし続け、今日に至っている。

 つまりこの灯台の大部分は明治期に作られた当時の姿をそのまま残しているわけだ。しかも誰もが通ることができる道路から一段下った斜面に建っていることから、灯台の全容を気軽に間近に眺められる。その上更に全国でも稀な第一等フレネルレンズを備えているとは、何と贅沢な灯台だろう。

「さて、そろそろ点灯の時刻ですよ。見逃さないようにしましょう」

 奥山さんの言葉で、灯台の外へと出る。すでに日は水平線の上にたなびきはじめた雲に隠れ、わずかな朱を含んだ夕映えが西の空を彩っている。今まで素晴らしい青天に恵まれてきたが、明日は少々天気が崩れるようだ。

 刻々と空から光が去り、三日月が白々と藍色の空を切り取る。巨大なレンズが音もなくぼうと光り、あ、と思う間もなくゆるやかに回転を始めた。溶け入るように明るさを失った海に、閃光が走る。すぐにそれはぐるりと動き、我々の背後の斜面をも照らし出した。
 これほどに眩い光が人家を照らせば、住人はおちおち寝ることもできぬだろう。

 斜面の中ほどというこの立地は、ただ光を遠くに放つだけではなく、灯台の役割を十全に果たすためでもあるのだ。

 空が輝きを失えば失うほど、灯台の明かりはますます冴えを増す。黄色味の強いその力強い光に、わたしは『今昔物語集』の「明星、口ニ入ル」という一節を思い出した。

 空海は空に輝く明星に仏の来迎を感じ、大悟を得た。一方で室戸岬灯台の明かりを目にする海上の人にとって、この閃光はただの光以上の意味を持って映ったはずだ。

 そう思えば今、夜空を切り裂いて走る光が、過去と今を結ぶ大いなる道にも感じられてくる。

 十秒に一度走るこの輝きの向こうにいる人を、わたしは思った。その人たちの航海の安全を、そして海の安全が守られることを願い続けた灯台の来し方とこれからを思い、ますます明るさを増すその光を見つめ続けた。

室戸岬灯台

所在地 高知県室戸市室戸岬町
アクセス 南国ICから、車で約120分
土佐くろしお鉄道奈半利駅下車、高知東部交通バス、室戸世界ジオパークセンター・甲浦行きに乗り換え約50分 室戸岬下車 へんろ道を登って20~30分
灯台の高さ 15.4
灯りの高さ※ 154.7
初点灯 明治32年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海と記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/

番組「灯台を讀む」をYouTube公開

昨年11月にBS朝日にて放送された「灯台を讀む〜小説家たちが照らす灯台の未来〜」をYouTubeで公開しました。千葉を巡った村山由佳さん、高知を巡った澤田瞳子さん、そして門井慶喜さんという3人の直木賞作家が登場。小説家ならではの視点で、灯台の歴史的・文化的価値や魅力を、日本財団・海野光行常務理事と語り合う、新感覚知的バラエティです。
https://www.youtube.com/watch?v=nMQsNhdKHe4

オール讀物 2024年 02 月号 [雑誌]

定価 1,100円(税込)
文藝春秋
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次の話を読む亀そっくりの石の頭を撫でると…?弘法大師の七不思議が残る足摺岬の灯台から見下ろす太平洋の大パノラマ

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