一面の銀世界はきらきらと眩しい新緑に変わり、新潟県の豪雪地にも春が訪れました。雪の下でじっと春を待ち、豊富な雪解け水で育つ山菜は格別だといわれます。そんな採れたての山菜を主にした「里山十帖」ならではの春の献立をご紹介します。
春の食材は山へ入って調達。師匠たちと山菜採りへ

この冬に目にした6メートルもの雪の壁はすっかりと姿を消し、南魚沼の「里山十帖」に春が到来。降り積もった雪は、うららかな日差しによって雪解け水となり、山の土に浸透し、土壌のミネラルを含みながらゆっくりと濾過されていきます。その清らかな山の水が里山の田畑を潤し、おいしい作物を育てていくのだそう。
日当たりのよい山の斜面には、雪解けとともにフキノトウやあさつき、うるいといった山菜が顔を出します。雪国の山菜は、急速に成長することからやわらくて香りが強く、風味がよいのが特徴。

そんな山菜料理を目当てに訪れるリピーターが多い「里山十帖」。5月から6月中旬にかけてのメニューは山菜づくしで、毎日20種類以上、スタッフみずから山で収穫した採れたての山菜が提供されます。

「里山十帖」料理長の桑木野恵子さんが目指す「ローカル・ガストロノミー」とは、食文化の多様性を受け入れながら、新潟ならではの在来種の野菜や伝統的な調理方法を活かした料理。
雪国の食文化や里山のサイクルを伝授してくれたのが、桑木野さんの“山菜の師匠”であり、「松之山郷の自然を食う会」主催者の村山達三さんです。その達三さんと一緒に山へ入ると聞き、里山十帖から車で50分ほどのエリアまで遠征。山菜採りにお邪魔させていただきました。


「桑木野の好きそうな山うどがいっぱいあったからとっておいたよ」と達三さんが案内する松之山郷は、日本の原風景が残る地域で、山菜の宝庫として知られています。
今回収穫するのは、山うど。崖や沢の斜面を好むため、雪崩や土砂崩れのあとに生えることもあるそう。目的地は、くねくねとした山道の道端から見下ろす崖のような急斜面。
ポイントを見つけると、達三さんと「里山十帖」のスタッフたちは山野草のつるを使いながら藪の中を下っていき、あっという間に見えなくなりました。ここからはカメラマンだけ同行することに。


達三さんが温存しておいてくれた山うどの穴場に到着すると「めっちゃいい、うど! こんなにたくさんあるなんて、東京のシェフにも送りたい」と笑顔がこぼれる桑木野さん。山菜が採れる期間は積雪の多いほど長いといわれますが、今年の山菜はどうやら豊作のようです。


とはいえ、必要以上には採りません。翌年以降のことを考えて数本は残す。オスとメスの株があるぜんまいであれば、胞子のあるオスを採らないのが山菜採りの常識なのです。
「天然のうどは、深く掘って根元の太い部分をカットします。土をかぶせておけば、翌年もちゃんとその太さで生えてくるんですよ。逆に細い茎からカットしてしまうと、次からどんどん細くなってしまうので、ぐんと深く掘ることがポイントです」と桑木野さん。



「大自然の中だから山菜も豊富」だと思いがちですが、じつは人の手が入ることでよりよい循環が生まれているのだといいます。たとえば、適度に森の木を伐採することで、地面に光が当たるようになり山菜やきのこが生えたり、増えすぎた猪などを狩ることで、小動物を含めた生態系が守られたり。人と動植物がうまく共存する、それが里山なのです。
山菜は地域の大切な資源なので、うまく循環させるためにも、「採るのは旬のものを利用する分だけ」「根こそぎ採らない」「穴を掘ったら元通りにする」が鉄則だといいます。



「里山十帖」で利用する山菜は、採ってすぐに提供するものと乾燥や塩蔵、水煮にして保存食とするものがあり、この日収穫された大きめの山うどは、一年を通して食べることができる塩漬けにすることに。
足場のない険しい斜面を上り下りして土を掘り、山菜を調達するだけでも大変な作業ですが、クルマでの移動後は、山菜のゴミを丁寧に取り除き、水洗いして塩蔵するという作業と、その日のディナーのための仕込みも待っています。
「里山十帖」の料理は、ただ素材が元気なだけでなく、地道な作業と途方もない時間、受け継いだ食文化、そして心意気によって供されているものでした。だから、しみじみとおいしい。手を合わせていただきましょう。

2025.06.27(金)
文=大嶋律子
写真=鈴木七絵