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 雪国、新潟。なかでも南魚沼市は世界でも有数の豪雪地帯として知られ、冬季は3メートルもの雪の壁に覆われます。

 そのため昔からこの地域では、雪と共存することで生まれた独特の食文化を持ち、発酵食や保存食がいまも大切にされています。

 今回は、一面の銀世界を堪能しながら、雪国の知恵がつまった冬の「里山十帖」のごちそうをご紹介。


◆冷蔵庫よりも優れた雪室は、素晴らしい雪国の文化

 冬の間、深い雪に覆われる「里山十帖」一帯は、スノーリゾートや温泉で人気があり、伝統的な保存や発酵の食文化が根づいてきた地域でもあります。「里山十帖」で供されるコースは、そんな土地の風土が映し出された料理で訪れたゲストをもてなします。

 雪国では、昔から野菜などの食材の鮮度を保つために、雪の中で貯蔵するという文化がありました。「里山十帖」の裏庭でも冬季は「雪室(ゆきむろ)」を設けて活用しています。

 雪室とは、降り積もった雪の冷気を活かした貯蔵庫。室温は0度から2度ほど、湿度は90%以上という低温・高湿度を安定して保ちます。そのため、雪室に入れた食材は、しなびることなく長期保存が可能に。しかも甘みや旨みが増しておいしくなるともいわれています。

「基本的に野菜を冷蔵庫には入れたくないんです」と話すのは、「地に根ざした料理」を心がけている料理長の桑木野恵子さん。

「野菜を冷蔵庫に入れちゃうと、農家さんがつくった野菜が元気でなくなるような…。見た目は新鮮に見えるんですけど、確実に味が変わるんですよ。でも雪室を使うと元気なまま甘くもなる。外の雪を見てもわかるように、冬の間は食材を貯蔵しておかないと生きていけないような過酷な環境です。そこから生まれた素晴らしい雪国の文化だと思います」

 特に冬は雪深いところまでわざわざ足を運んでくれるゲストのために、できる限り地元で保存しておいたものを提供したいという桑木野さん。その種類は年々増えているそう。

 もうひとつ、雪国の暮らしの知恵を感じられるのが、発酵の伝統文化です。「里山十帖」の半地下には「発酵部屋」と称する貯蔵庫もあります。木桶で漬け込むたくあんや野沢菜といった漬物から、春にとった山菜、秋のキノコ、木の実、味噌や魚醤といった調味料まで、数えきれない種類の保存食や発酵食が貯蔵されています。

「雪国の冬は、発酵食なしでは生きのびられません。発酵部屋では、漬物はもちろん、春の山菜、秋のキノコといった食材や調味料を仕込んでいます。どれもだいたい半年から1年くらいかけて寝かせるのですが、正直、毎年実験しているようなもの。どんな味になるのか、どのように使うかわからないものも実は多いんです(笑)」

 たとえば6月に裏山で青いうちにとった山胡桃は、海外のレシピをヒントに丸ごとリカーに漬け込み中。1年目は独特な味わいだったのが、3年ほどで味がまろやかになったそう。

「これをジャガイモと合わせたらとてもおいしくて。最近、アワビやほうれん草との相性もいいと発見したのですが、もう少し寝かせたほうがよさそうなので、じっくり5年ほど待たないとお客さまには出せないかもしれません。アクシデントも含めて発酵の過程を楽しんでいます」

 山菜狩りやキノコ狩りの時期は、その日のうちにすべきことが盛り沢山。

「とにかく作業が多くて、その先の先まで考える時間はありません。とりあえずとってきたら保存の繰り返し。乾物や塩漬けにするのが比較的楽なのですが、ナラタケやナメコといった乾燥にむかないキノコは、塩漬けにすると味や香りが落ちちゃうので、瓶詰めにするなど保存方法を変えていくものもあります」

「ワラビなんかは食感を残したい。でもそれがすごく難しくて、上手にしないとぐにゃぐにゃになってしまうんです。戻し方が悪いときもあれば、炊き方が悪いときもあるし、そもそもの干し方がダメなパターンもあります。毎年、失敗を重ねながら10年でなんとかお客さまに出せるレベルになりました。山菜料理はシンプルなのですが奥が深いですね」

 雪が積もる前にとれた野菜は、雪室で保存したり、発酵食や乾物として保存したり。じっくり時間をかけてつくられる保存食を上手に使って味や香りを重ねていく。冬の「里山十帖」は、雪国の知恵と発酵食づくしです。雪国ならではのフルコースをゆっくりと堪能しましょう。

2025.04.12(土)
文=大嶋律子
写真=鈴木七絵