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 「新潟と九州の長さはほぼ同じ?」とSNSでもたびたび話題になる新潟県のサイズ感。東西に330キロもの海岸線を有する新潟県は県域が広く、気候も文化も多様です。

 それぞれの地域のストーリーを身近に伝えてくれるのが「食」。新潟には、豊かな自然、文化、歴史によって育まれた、その土地ならではの食文化があります。各地域のエッセンスが詰まった3つの「新潟ガストロノミー」を訪ね、春夏秋冬のストーリーを覗いてみました。


里山の恵みを生かし、食材のつくり手に寄り添った料理でおもてなし

 まず訪れたのは新潟県南部に位置する南魚沼の「里山十帖」。二十四節気七十二候に沿った旬の食材による料理で客をもてなす人気の温泉宿です。

「春は山菜づくし、夏は色とりどりの野菜や川魚、秋はキノコや木の実、冬は根菜や発酵食など、1年を通じて食材と対話してメニューを考えています。新潟ってこんなに広くて食材が豊富なのかと日々感じますね」

 そう語るのは「里山十帖」料理長の桑木野恵子さん。2018年より料理長に就任し、『ミシュランガイド』での一つ星を皮切りに、『ゴ・エ・ミヨ』スコア15.5を獲得。2022年には世界のサスティナブルレストランを選出する『Best Vegetables Restaurants』で世界13位にランクインするなど、国内外から注目されているシェフのひとりです。

 桑木野さんが目指しているのは「ローカル・ガストロノミー」。食文化の多様性を受け入れながら、新潟ならではの在来種の野菜や伝統的な調理方法を活かした料理です。その日、そのときに届いた、その時期にしかない食材をもとに、素材のおいしさがダイレクトに伝わるような繊細な料理を生み出しています。

「食材を見るとその生産者さんの顔が浮かびます」

 生産者のもとには必ず足を運ぶという桑木野さんは、どんな人がどのように生産に取り組んでいるのかを実際に目にし、語り合うことからインスパイアされることも多いそう。

 実は桑木野さん、初めて「里山十帖」での仕事に就いた日に「もう無理、絶対に帰る!」と決めていたとか。それは30年に1度の大雪といわれた年の吹雪の日。慣れない雪道の運転で雪の中に閉じ込められるような恐怖を覚えたといいます。

 それから間もなくして出会ったのが、のちに“山菜の師匠”となる「松之山郷の自然を食う会」主催者の村山達三さん。雪深い2月に松代で催された「松之山郷の自然を食う会」でテーブルいっぱいに並べられたのは、自然の恵みをそのまま保存・調理した郷土料理の数々でした。

 ぜんまいやふきのとうを使った山菜料理、根菜などの煮しめ、木の実やキノコを使った珍味、多彩な果実酒に猪肉料理まで。豪雪地帯ならではの越冬食の価値を改めて見つめ直すことになったといいます。

「この会に参加するまでは、雪国の食は乏しいなと思っていたんです。でも、そうじゃなかった。長い年月をかけてこの地で築き上げられた食文化の豊かさに驚きました。雪国では長い冬を越すためにさまざまな叡智がある。これは私もつくらなきゃ! 帰るのはすべてを覚えてからにしようって新潟に留まることに決めました」

 例えば、ぜんまい煮ひとつにしても、桑木野さんが知りたかったのは、自生する場所からワタ取り、茹で方、干し方、戻し方、料理法まで。山菜師匠の達三さんとともにブナ帯の山間奥地に入って教わり、今はすべてをマスター。

2024.09.14(土)
文=大嶋律子
写真=鈴木七絵