登場するだけで、作品に説得力を与える名優が存在する。現在放送中のNHK連続テレビ小説『あんぱん』に出ている神野三鈴もまた、そんな役者の1人だ。
『あんぱん』では、第13週「サラバ 涙」から終戦直後の日本が描かれている。戦火を生き延びた主人公・のぶ(今田美桜)は、同じく長い航海から無事に生還したものの、肺病にかかり海軍病院に入院中の夫・次郎(中島歩)を献身的に看病していた。
次郎に対しては努めて明るく接していたのぶだが、彼女とはまた違った陽だまりのような温かさで2人と接し、見守っているのが神野三鈴演じる次郎の母、節子である。

上品なのに“強い女”であることを感じさせる
節子は夫が船乗りだったという上品な婦人で、ある日、朝田家にのぶと次郎のお見合い話をもってきた。のぶの父と節子の夫は古くから親交があったそうで、次郎を含む若松家の男3兄弟の誰かが船乗りになったら、のぶとお見合いをさせようと話していたそうだ。
節子の夫は、長い航海に出る船乗りの妻となる人は1人で留守を守らないといけないため、強い女であるほどよいと考えていたという。たしかに“ハチキン”と呼ばれていたのぶにはぴったりだ。節子は夫がそんな話をしていたことをよく覚えていて、のぶが未婚であることを聞きつけると朝田家に1人でやってきた。
のぶの祖父母・釜次(吉田鋼太郎)とくら(浅田美代子)にお見合いを持ちかける節子の目はらんらんと輝いており、すでに次郎とのぶの相性がいいことを確信しているようだった。やはり、節子も船乗りの妻、つまり強い女であることを感じさせた一場面だった。
三谷幸喜、井上ひさしら演劇人に愛される名女優
神野は、2025年4月期からスタートしたドラマでは、『あんぱん』のほかにテレビ朝日系金曜ナイトドラマ『魔物(마물)』にも出演。日によっては朝も夜もドラマにひっぱりだこである。彼女の魅力はどんなところにあるのだろうか。
神野は、『欲望という名の電車』や『ガラスの動物園』などを作りあげた劇作家テネシー・ウィリアムズに影響を受け、役者となった。ウィリアムズが描く女性は、彼の姉・ローズがしばしばモデルになっていると言われており、彼の劇の登場人物はとても繊細でありながら衝動を心の内に秘めている。神野はそういう人たちを演じたいと強く思ったようだ。
その思いの通り進んできた神野は、三谷幸喜や別役実、井上ひさしらの舞台に数多く出演。か弱くも感じられるがよく通る繊細な声を持ちながらも、安定感のある堂々とした立ち居振る舞いは舞台で培われたものといえる。
2025.07.13(日)
文=久保田ひかる