◆冬の料理は、滋味あふれる発酵食と保存食づくし

この日のコースは「薬膳出汁」でおもてなし。これから登場する料理で使う野菜の屑や、春にとっておいた山菜の根、木の皮、乾燥した葉などに里山の湧き水を加え、コトコト煮たスープです。

仕上げにひと回し加えた焼きみかんのオイルがほのかに香る「薬膳出汁」で、ほっこり。寒い季節にふさわしい1品目は、冷えた体を芯から温める効果がありそうです。

2品目は、冬季の貴重なたんぱく源である川魚をいただく「雪国のごちそう」です。内臓を取り除いたカジカをクロモジの枝に刺して揚げたもの。そこに枯れた山椒の葉をパラリと散らします。
「カジカは通年とれますが、冬の間、身を切るような冷たい清流で、石の下でじっとたえて過ごすカジカは、脂をほどよく蓄えていて、美味です。地元のカジカ漁の名人、関さんと何度かご一緒したことがあるのですが、この漁がとにかく寒い。石を一個一個ひっくり返しながら潜んでいるカジカを追い出して網ですくう。専用の手袋や長靴を履いていたって寒いんです!」
それだけこの地域で真冬にカジカがお目見えすることは、大切なお客さまであることの証。日本の奇祭といわれる浦佐地域の「裸押し合い祭り」では、焼き干ししたカジカを熱燗に浸した「カジカ酒」が欠かせないといいます。
「カジカ料理に合わせたいのはやはり日本酒。乾杯にふさわしいスパークリング日本酒をご用意しました」
桑木野シェフがペアリングに選んだのは、地元・八海醸造の瓶内二次発酵酒「あわ 八海山」です。グラスに注がれた繊細な泡が口の中ではじけ、上品な味わいが楽しめます。

続いての料理は、雪室で甘みが増したにんじんを堪能できる「雪室にんじん」。白と黄色のにんじんの下には、マリネしたイカを忍ばせ、パースニップのピューレでいただきます。これらをまとめているのは、野菜、灰、マスタード、オイル、塩のドレッシング。
「雪室にんじん」にあわせたのは新潟市のワイナリー、カーブドッチの「2023 シャルドネ」です。自社畑のシャルドネをぶどう由来の天然酵母で醸造。樽発酵、樽熟成による味わい深い白ワインは、砂質土壌らしい軽やかさも感じられます。

次なる料理は、5つの珍味が楽しめる「雪国の保存と発酵」です。この日は、ゼンマイの信田巻き、ウドの塩漬け、猪のハム、ブリと大根のなれずし、切干大根のごま和えを盛り付け。


「石川の郷土料理だと『かぶらずし』ともいわれる『なれずし』は、ブリと蕪と麹と米で発酵させて保存したものですが、うちでは蕪でなく大根を使っています」
寒さが厳しくなるとより瑞々しく甘みが増す大根を使った「なれずし」は、麹をつけたままいただきます。シャキシャキとした食感の大根と脂ののったブリの甘み、乳酸発酵によるまろやかな酸味が調和した味わいで、お酒の肴としても箸が進みます。

「雪国の保存と発酵」には、八海醸造の「純米酒 八海山 魚沼で候」の熱燗を組み合わせ。温めることで風味豊かな味わいが強くなり、燗をつけたときのほのかな麹の香りもまた、発酵の楽しみ方。辛味もキレもあるため、すいすいとお酒が進みます。

新潟県には「火焔型土器」という国宝があります。いまから約5,000年前の縄文時代につくられた土器で、この地域で出土されたもの。岡本太郎が「なんだ、コレは!」と大絶賛し、芸術性を発見したことでも知られています。栃餅の原料である栃の実などの木の実は縄文時代から食されていたといわれており、日本人が古くから食してきた食べ物のひとつです。
そんな栃の実を要にした腕ものが5品目に登場。魚の出汁と白味噌の椀もの「縄文時代から続く味」には山の幸もふんだんに取り入れています。
「さすがに縄文時代とは食べ方が異なると思いますが、縄文人も食べていた栃の実をメインにしたのでメニュー名にしてみました。栃の実って、そのままでは渋くてとても食べられません。先人たちもこの実を食べるために煮炊きする土器を使ったり、かなり研究を重ねたことでしょう」
下処理が大変な栃の実は、アクを抜くだけでも1か月ほどかかるそう。
「秋の山でとってきた栃の実は1回流水にさらし、楢の木の灰と一緒に水を替えながら何回も炊き直します。そのあと、川の水にさらしてずっと置いておく。ただアク抜きをしすぎるとお餅の中に何の味も香りもなくなってしまうので、その加減がとても難しいんです」
栃餅をつくるような稀有な人がいないため、手間のかかる作業でもなるべく受け継いでいきたいと桑木野シェフ。

仕込みが手間といえば、キノコも同様です。「縄文時代から続く味」には、秋のナラタケや春のネマガリダケ(姫竹)も椀種に。
「キノコは菌類なので小さな虫がいたり、汚れていたり。特にナラタケは土から生えるのでぐちゃぐちゃ。基本的にはさっと茹でてゴミを取り、真空の瓶で保存します。缶詰と同じ原理で保存するので塩は入っていません。ただ、この掃除が大変なんです」
お腕のふたを開ければ、だしの香りとともに吸口の柚子の香りが爽やかに立ちのぼり、ひと口いただくと上品でまろやかなだしの味わい深さが沁み入ります。手間暇かけてアク抜きをした栃の実をもち米と一緒についた栃餅は、まさに滋味です。

2025.04.12(土)
文=大嶋律子
写真=鈴木七絵