この記事の連載

 星野リゾート トマムの敷地内に展開する「ファーム星野」は、「旅×農業」をコンセプトに農産物の生産活動に取り組み、そこから生まれる美しい景観や、おいしい食への追及を目指す循環型農業プロジェクトです。

 自然に根ざし、人が集まるリゾートだからこそできる農業の取り組みについて、プロジェクトリーダーの宮武宏臣さんに聞きました。


ファーム星野を立ち上げるため家族とともに移住

――宮武さんと「ファーム星野」の歩みについて聞かせてください。まず、どういった経緯でトマムへ?

宮武さん 実家は大阪なのですが、信州大学の農学部に学び、長野が好きになって、Iターンのような形で2002年に星野リゾートに就職しました。観光業に興味を持ったのは学生時代の担当教授の影響で、持続可能な農村をつくるには、人が集まったり定着する仕組みが必要だと考えていたからです。

 ただ、当時の星野リゾートの事業は軽井沢を中心としたブライダルがメインで、農業とはほぼ無縁。僕も最初は「星野温泉ホテル」(「星のや 軽井沢」の前身)や「ホテルブレストンコート」で働きました。その後いくつかの職場を経て、東京へ異動し、トマムの前は、IT戦略などを担当していました。

 トマムへの異動は、2016年夏、星野リゾート トマムのゴルフ場が台風で壊滅的なダメージを受けたことがきっかけです。会社は、ゴルフ場に巨額の投資を行って復旧するか、あるいは全く違う方向に舵を切るかという決断を迫られ、ファームという構想が現実味を帯びてきたんです。

――ついにチャンスが!

 実は、ゴルフ場の敷地にファームをつくるというアイデア自体は、トマムの再生事業が始まった当初からありました。ただ、いきなり新規事業に大きな投資をするのは厳しいという判断で、見送られていたんです。

 台風の被害を期にその案が復活しそうだという情報を得て、担当者に「ぜひやりたい。私にやらせてほしい!」と直談判しました。とはいえ、まさか自分で酪農を始めることになるとは思っていなかったのですが(笑)。

 個人的なことを言うと、そのころマンションを買ったばかりで、妻も仕事を持っていましたし、就学前の子ども2人の進路も気になりました。でも、妻は「北海道、楽しそう」とあっさり賛成してくれまして。2017年の春に家族でトマムへ移住しました。

 トマムが位置する占冠村エリアでは、リゾート開発前の最盛期には700頭以上の牛が飼われていたそうです。そのころの美しい原風景に戻していくという取り組みに、胸が躍りました。

2025.07.17(木)
文=伊藤由起
写真=志水 隆
写真協力=星野リゾート トマム