この記事の連載

人にミルクを与え、土地を豊かにする牛たち

――牛たちはファームエリアでどんな風に過ごしているのですか。

宮武さん シーズンによっても違うのですが、春夏は基本的にずっと放牧です。哺乳期の子牛、離乳後の子牛、搾乳をお休みしている牛、搾乳している牛という4つの群れごとに放牧地を分けています。

 夜はお客様から比較的遠い放牧地にいて、朝、搾乳の時間になったら我々が迎えに行きます。牛舎で搾乳が終わったら、次はお客様に近い放牧地に行き、夕方になったら搾乳と夜ごはんの配合飼料(穀物入りのおいしい飼料)を食べるために牛舎に戻って、夜の放牧地へ、というサイクルですね。放牧地は、同じ場所ばかりだと草の再生に影響するので、転々としています。

――ちなみに牛の寿命って、どれくらいなのでしょう?

宮武さん 自然にしていたら20年ほどと言われています。ただ、酪農で牛を飼っている以上、牛はペットではなく“経済動物”なんですね。だから経済価値以上の飼育や治療は基本的に存在しないのです。それもトマムに来て初めて知ったことです。

――つまり、搾乳量や、繁殖能力、健康状態などが一定レベル以下になったら――。

宮武さん “淘汰”という形で牧場を離れていきます。多くの場合は、食肉となります。お客様に「引退した牛さんはどこに行きますか?」と聞かれたときも、そこは隠さずにお話ししています。モーモー学校などでもいちばんお伝えしたいのは、「牛乳は工業製品ではなく、そんな牛さん一頭一頭がくれる“おすそわけ”を集めたものなんだ」ということです。

 特にここの牛たちは乳を出すだけでなく、放置すれば荒れる一方の旧ゴルフ場を歩き、牧草を食べることで整備してくれるし、長閑な風景の一部となって、楽しさや安らぎを与えてくれます。

 そんなことを説教くさくならないよう、楽しく伝えていきたいですね。お客様の大切な時間をいただいているわけですから、何かひとつでも心に残ること、この先の暮らしに役立つかもしれないことを持ち帰ってもらえたら。訪れたお子さんが、10年、20年後に牛たちのことをちょっと思い出してくれたら、本当にうれしいです。

2025.07.17(木)
文=伊藤由起
写真=志水 隆
写真協力=星野リゾート トマム