53歳ではじめて母になった美容家の上田実絵子さん。出産はゴールではなく、むしろ「責任の始まり」だったという。
両親も高齢で頼れないなか、育児は専門家とスクラムを組み、自分なりの体制を築いてきたと語る。
子どもを授かって気づいたこととは。“母であること”の違和感と次の挑戦についても語ってもらった。
» 前篇から読む『《53歳で初産》「稼いだお金はすべてつぎ込んだのに…」裏切られるつらさを何度も経験。7カ国での不妊治療中、我に返った“年下夫の一言”とは』
» この記事の写真をすべて見る
「子どもが成人した時には73歳」心ないコメントもあったが…
――53歳ではじめての出産。産んだ後のお気持ちをお聞かせください。
無事に生まれてくれたあとは、喜びよりも先に“責任”が押し寄せました。出産前は、産んだらできるだけ早く仕事に戻ることしか考えていなかったのですが、「この子の人生を、ここから自分が引き受けるんだ」という感覚が一気に押し寄せてきたのです。この子にはきょうだいがいないし、親戚も多くない。いざ一人になった時に、自分の力で生きていけるように育てなきゃって。
ネットでは「子どもが成人した時に73歳だ」とかいろいろ言われましたけど、そんなこと言われなくてもわかってますし、私の将来を考えてくださってありがとうくらいの気持ちでしたね。むしろ、高齢出産のデメリットとしてひしひしと感じていたのは、両親もすでに高齢で、頼る人がいない、ということでした。いざという時に「ちょっと見ていて」と言える存在がいない。その現実を前にして、覚悟が決まった気がします。義理の母や夫の親戚が協力してくれることもありますが、働いているため負担をかけすぎるわけにもいかず、調整が難しいときもあります。
――実際に育児にはどのように向き合われているのですか。
頼れる人がいないなら、探すしかない。そう思いました。育児書はほとんど読んでいませんが、その代わり、制度や選択肢は徹底的に調べました。ベビーシッターや産後ドゥーラ(出産後の母親と暮らしを支える専門家)など育児の専門家についてはもちろん、行政のサポートなどでも使えるものはないか、必死で調べました。
私は美容家としてはプロですが、育児のプロではありません。ですから、夫とも話し合って、私たち夫婦とスクラムを組んで子育てをしてくれる専門家を探しました。YouTubeを見たり、助産師さんをたずねたり、「この人、よさそうだな」と思う人には、片っ端から会いました。もうそこに一点集中です。
自分で調べないとたどり着けない、公的な制度ってたくさんあるんですよね。たとえば、港区の場合、未就学児のベビーシッター利用に年間144日まで1時間当たり昼間なら2500円まで、夜間なら3500円まで補助金を支給してくれる制度があったのでそれを活用しました。
母親がすべてを背負う前提で育児をするのではなく、どういう人とスクラムを組むかを考え、利用できる制度はすべて利用する。それが大事だと思っています。
学校は夫と話し合って、インターナショナルスクールではなく、日本の幼稚園を選びました。海外経験も大切ですが、日本語や日本の文化を大切にしてほしかったので。
