2022年4月から不妊治療が保険の適用対象となり※1、ますます注目が集まる高度生殖医療。「週刊ビッグコミックスピリッツ」でその最前線を描く『胚培養士ミズイロ』を連載中のおかざき真里さんが、不妊治療に定評のあるはらメディカルクリニック院長・宮﨑 薫先生と語りました。
好評発売中のCREA夏号「母って何?」特集に掲載された対談を、今回はWEB限定のロングバージョンで掲載します。後篇では、第三者の精子提供により子どもを授かるAIDやIVF-Dという選択肢や、判断が難しい治療の終結についてが話題に。(インタビュー【前篇】を読む)
多様な選択肢があるからこそ
宮﨑 「普通とは違う選択肢」という点では、当院では、男性側が絶対的な無精子症と診断された場合、第三者の精子を用いた人工授精(AID)に力を入れています。より妊娠率を上げるため、1年ほど前から精子提供による体外受精(IVF-D)も実施しています。
ただ、人工授精か体外受精かが問題ではなく、この方法を選ぶ夫婦に対して当院が最も重視しているのが、子どもの福祉をどこまで真剣に考えているか、なんですね。
子どもに生まれてきた経緯をしっかり伝えることができるか、あるいは生まれてきた子が将来、生物学的なルーツを知りたいとなったら、それにきちんと向き合えるかどうか。当院ではAIDやIVF-Dを希望するご夫婦には、事前にお二人の考えをしっかり確認するようにしています。
おかざき それは精子ドナーの情報を開示するということですか?
宮﨑 それが理想です。実はAIDとIVF-Dでは、精子ドナーの属性が違います。IVF-Dは、将来的に子どもが望めばメール・手紙・電話・直接会うのいずれかの方法で接触することに同意している「非匿名」のドナー精子を使用しています。自分のルーツを知りたい気持ちは、子どもとドナーの接触の中で満たしていけると考えています。当院では、ホームページなどを通して精子ドナーをリクルートしているのですが、提供していただいた方のうち、幸い7割のドナーが非匿名に応じてくださいます。
一方、AIDは70年以上という長い歴史がある医療で、ルールが確立されているため「匿名」のドナー精子を使用します。匿名ドナーの場合であっても、伝えられる情報はあります。例えば、ドナーが医学生であれば「お医者さんになるために勉強を頑張っているドナーさんから、提供を受けて授かったのよ」と、子どもが小さいときから親御さんが説明すれば、重大なアイデンティティクライシスに陥る可能性は低いと思っています。出自の真実を伝えることは、子どもの幸せを考えるうえでも譲れない部分です。
おかざき そうなのですね。もう一つ先生にお伺いしたいのは、精子がないと判明した際の男性側の気持ちです。男性特有のプライドみたいなものにも関わってくると思うのですが、実際に、提供された精子を用い、自分と遺伝的な関わりがない子を持つことに、男性側はどう納得されるのか。医師のお立場から見えてくることはありますか?
宮﨑 診察室で感情を露にする方は多くはないのですが、おっしゃるとおり、無精子症と診断された男性は、これまで信じてきた自分の男性性は一体何だったんだろうとか、自分自身を否定された気持ちを抱くことが多いと思うんですね。ですが、最終的にご夫婦でAIDを選択し、男性側も全力でそこに協力できるのは、そうした葛藤を乗り越えたからこそ、できることなのだと思います。
反対に言えば、葛藤を乗り越えられていないご夫婦は、AIDで生まれてくる子どもをしっかり育てていくことは難しいと思います。ですので、先ほどもお伝えしたように、当院でAIDを選択されるご夫婦には、事前に当院の倫理委員会の審査にかけさせていただき、お二人の気持ちをしっかり確認したうえで、「このご夫婦であれば、幸せに育てていける」と判断した方にだけ治療を行っています。
おかざき 単に、技術を提供しているわけではないのですね。
※1 2022年4月から、人工授精等の「一般不妊治療」、体外受精・顕微授精等の「生殖補助医療」について、婚姻関係にある、または事実婚のカップルに保険適用されることになった。
2023.07.30(日)
文=内田朋子