ハッピーエンドばかりではないから
おかざき 個人的な思いを言えば、AIDについて否定的な気持ちはまったくないのですが、仮に自分が当事者となりAIDを選択しようとした場合、それが本当に子どもにとって幸せかというと、自信が揺らいでしまうところもあるんですね。
ですので、AIDについては私もいずれ漫画のなかで描きたいと思っているのですが、いつ、どのタイミングで描くかというのは、もう少し社会のAIDに対する捉え方が定まった頃に、と考えています。当事者の方やお医者さんは本当に真剣にこの治療と向き合っていると思いますが、漫画で描くとどうしてもスキャンダラスになってしまい、かえって当事者の方を傷つけてしまう危険性があるので、本当に難しいなと。
宮﨑 おっしゃる通り、今後、社会がどれだけAIDを受容していくかも、生まれてきた子の生きやすさに大きく関係してくることだと思います。僕自身はAIDに強くこだわる必要はまったくないと思っています。それぞれ夫婦の形があって、特別養子縁組や、子どもを持たず、夫婦二人で生きていくという選択もあります。我々からは多様な選択肢をお示しして、夫婦でよりよい選択をしてもらえたらと。
おかざき 夫婦二人で生きていく生き方も選択肢の一つということですが、たしかに不妊治療は、結果が伴わないカップルのほうが実は多いんですよね。そのため漫画も毎回ハッピーエンドというわけにはいきませんが、治療を卒業するカップルには何か一つ、心の支えといいますか、お守りにできる言葉を漫画を通して渡せたらと思いながら描いています。宮﨑先生は、治療の終結を考える夫婦に、贈る言葉などはあるのでしょうか?
宮﨑 治療の終結を考えるのは本当に難しいことだと思います。不妊治療は続けようと思えばいくらでも続けられますし、そこにかけられるお金や時間は人それぞれ。さらに難しいのは、かなり稀ではあるのですが、たとえば46歳で採取できた卵子で、47歳で出産された方を実際に診療のなかで経験すると、僕たちはその事実を否定するわけにいかないんですよね。「年齢的に絶対に無理です」とは言い切ることができないんです。
だからこそ、最後は患者さんご自身で答えを出すしかなくて、そのためにも、まずは治療に入る前の段階で、どこまで続けるか、夫婦でよく話し合っておくことが大切だと思っています。こちらから治療の終結の話を持ち掛けると、患者さんによっては「見捨てられちゃうのかな」と感じてしまう方もいらっしゃいますから、難しいんですね。
ただ、いきなり治療をやめるのではなく、人工授精やタイミング法などにステップダウンするという方法もあり、その過程で気持ちが定まっていくこともあると思います。もし治療の継続を迷っているなら、私たち医療従事者をもっと頼って、相談していただけたらと思っています。
そして、不妊治療の保険適用をきっかけに、親や職場の人たちと治療についてもっと話し合える雰囲気になるといいですね。そうなれば周囲ももっとサポートしやすくなるだろうし、当事者の方もより治療が受けやすくなったり、その後の人生の選択について考えやすい雰囲気になるのかなと思います。
おかざき 本当にその通りだと思います。今回の『CREA』の「母って何?」特集も、雑誌を買って読む人だけではなく、さりげなく机の上に置いておいて、「今はこんな特集が巻頭で組まれる世の中なんだな」って、親や上司に思ってもらうだけでも、十分な意義があると思うんです。そうやって周りの人たちの考えが少しずつ変わっていくことが、とても大切ですね。
おかざき真里(おかざき・まり)さん
マンガ家。広告代理店で働いていた1994年にデビュー。以来、数多くの作品を発表し、幅広い世代の女性から絶大な支持を得ている。広告代理店で働く女性が主人公の代表作、『サプリ』は2006年にテレビドラマ化。
『胚培養士ミズイロ』おかざき真里
不妊治療クリニックで働く胚培養士・水沢歩が、男性不妊や、高齢出産などさまざまな理由で受診する夫婦の想いや葛藤と向き合っていく物語。不妊治療の心臓部である「胚培養士」の世界を描く。
小学館 各770円 既刊2巻
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はらメディカルクリニック
1993年に前院長の原 利夫医師が創業し、宮﨑 薫院長に至る現在まで最先端の不妊治療を提供。第三者の精子を用いた不妊治療では、体外受精の実施を公表した唯一の医療機関で、地方からも患者が訪れる。
https://www.haramedical.or.jp/
2023.07.30(日)
文=内田朋子