53歳ではじめて出産を経験した、美容家の上田実絵子さん。独自の小顔メソッドを確立後、サロンを経営しながら海外セレブリティやVIPからも厚い信頼を集めてきた。現在は15歳下の夫とともに3歳の娘を育てている。
仕事に人生を捧げてきた彼女にとって、子どもを持つことは長らく現実的な選択肢ではなかったという。7カ国での不妊治療と挫折の連続。出産を決意するまでの葛藤と、不妊治療のリアルを語ってもらった。
ドバイの王族の子育てに衝撃を受けた
――妊活をされる前は、どのような生活でしたか?
仕事ばかりしていました。施術を評価していただく機会が増えて、日本国内だけでなく海外からもお声をかけていただけるようになり、月の半分以上は海外にいる、という生活です。
仕事にやりがいを感じていたので、結婚や出産についても考えたことはなかったんです。4人きょうだいで育ってきて、母が子育てで本当に大変そうだったのを間近で見てきましたし、親からも「孫を見せてほしい」と言われたことは一度もありませんでしたから、子どもを産まない人生でも何の不足もない、と思っていました。
――そうした考えに変化が起きたきっかけは何ですか?
41歳のとき、卵巣にチョコレート嚢胞が見つかり、妊娠しづらくなる可能性があると知りました。それがきっかけで、子どもがいる人生についてふんわりと考えるように。ちょうど海外で卵子凍結をした友人がいたので、話を聞いて、私も卵子凍結をしました。ただ、凍結した卵子を保管してもらうための契約を更新しなかったので、そのときの卵子は使うことなく終わってしまいました。この時点では、まだどこか他人事だったと思います。仕事柄、健康にはかなり気をつけていたので、「その気になればすぐに妊娠できるはず」という根拠のない自信があったんです。
今思えば、美容や身体のことを仕事にしているのに、妊娠・出産については驚くほど無知。年齢を重ねるにつれ、卵子が老化していくということすら、ほとんど理解していませんでした。
あとは、海外で仕事をするようになって、海外のワーキングマザーに会うことが増えたことでしょうか。海外では、子どもがいるから仕事をセーブする、というより、どうやって両立するかを前提に社会が動いているんですよ。海外では、キャリアがある女性もあたりまえに出産しています。それまで自分の中にあった、キャリアを重ねるなら子どもは持たないものだという思い込みを改めさせられました。
施術でよく訪れるようになったドバイでは、王族の方と家族ぐるみでお付き合いするようになったんですが、私がお母さんとお話ししていると、横でナニーが子どもの面倒を見ているわけです。ナニーが子どもの食事の面倒を見る光景は見慣れていましたが、あるとき、ナニーが子どもの鼻水まで拭ってあげていたので、思わず母親に尋ねちゃったんです。「子どものお世話をすべてナニーに任せると、子どもはあなたではなく、ナニーのことをママって思わないの?」って。そしたら「みえこ、何言ってるの? 子どもはわたしのことをママって呼ぶわよ」って。極めつけは、子どもが「グッナイ、マミー」と言ってナニーと寝室に行くんですよ。寝かしつけまで任せることが衝撃で。
そういう方たちから「子どもを生まないの?」と聞かれることも多くなり、「誰かの手を借りられる環境なら、私でも出産や育児ができるかもしれない」と思うようになりました。
――そこから「子どもを持つのもいいかもしれない」と。
そうですね。加えて、両親も高齢になり、きょうだいにも子どもがいないのが気になり始めた、ということが大きかったと思います。「この先、上田家はどうなるんだろう」と、すごく現実的な問題が浮かんできて……。きょうだいのなかで、唯一出産の可能性があるのが私だけだったこともあり、具体的に妊活を考え始めました。
