マニアックな話をしたい時、“界隈”の外の人を置き去りにせずに面白さを伝えるにはどうすればいい? 長年の研究によって導き出された、今日から使える3つの方法を伝授します。
気鋭の言語学者・川添愛さんが日常に飛び交う会話を様々な角度から分析し、「言葉のセンス」を探求する言語学エッセイ連載第5回です!
あまり言葉のセンス的なことで称賛されることのない私だが、わりと多くの人から言われる褒め言葉がある。それは、「マニアックな話が上手ですね」というものだ。私はプロレスが好きなので文章の中にもよくプロレスのネタを入れるが、プロレスをほとんど知らない人からも「川添さんの書くプロレス話は面白い」と言っていただくことがある。
そういうふうに言われるのは嬉しいものだ。というのも、マニアックなネタを書くときには、かなり気を遣っているからだ。
マニアックな話というのは、書いている本人は楽しいし、同じものが好きな人々には喜ばれやすい。しかし、それ以外の人にはほとんど響かないのが普通である。もちろん、なりふりかまわず好きなネタを書き殴ることで、文章にある種の勢いや面白みが生まれることもある。その一方で、「なんだかよく分からない」と感じる読者を振り落としてしまう危険性も生じる。
そんな読者に配慮しつつ、自分の中の「マニアックな話を書きたい!」という欲望を解放するには、ちょっとした工夫が要る。今回は、私が実際に使ったことのある方法を三つほど紹介しようと思う。以下の内容については、まるで自分が言ったギャグを自分で説明するかのような気恥ずかしさを感じるが、一応「長年の研究の成果」ではあるので、勇気を持って公開したい。
まず一つ目は、「そのジャンルを知らない人が読んでも容易に理解できるネタを選ぶ」というものだ。たとえば、ふだんプロレスをまったく見ず、このジャンルの歴史を知らない人であっても、「1980年代、某プロレス団体の選手らが地方巡業中に酔って大暴れし、旅館を破壊した」とか、「とある団体の興行中、敵対する団体の某選手が殴り込みをかけたが、彼がマイクを持って発した第一声が『こんばんは』だった」といったエピソードは理解できるだろうし、いかにもプロレスらしい、常軌を逸した話だと感じるはずだ。こんなふうに、詳細を知らない人でも常識の範囲内で分かるネタを選ぶと、書く側も余計な説明をしなくて済む。
二つ目として、「その文章の本筋とはあまり関係ないところに小ネタとして挟む」という方法が挙げられる。つまり、書き手が言わんとすることを理解する上で支障のない場所にこっそり配置する、というものだ。読み手にとってストレスなのは、「そのネタが分からないと書き手の意図が理解できず、先に進めない」といった状況だ。よって、その文章の「本流」というか「大通り」というか、とにかく読者が読み進める上で重要なところでは普通の言葉を使い、邪魔にならない「どうでもいいところ」に知る人ぞ知るネタを置くわけだ。
そういう「どうでもいいところ」とはどこか。私の一押しは「具体例の三番目」である。たとえば、「これこれこういうことはよくある。たとえばAもそうだし、Bもそうだし、Cもそうだ」といった流れの中で、一文目には普通の言葉を使い、二文目のAとBには誰にでも理解できる例を入れ、Cの部分にマニア向けの例を入れる。こうすれば、最初の一文によって書き手の意図は明らかになるし、具体例の最初の二つ(AとB)も普通に理解可能なので、Cが伝わらなくてもあまり支障はない。
また、「言いたいことを普通に言ったあとの余計な比喩」にも、マニアックなネタを配置しやすい。つまり「これこれこういうことがあった」というメインの話をしたあとに、「たとえるならば、これはこういうことだ」といった付け足しの比喩として、マニア向けの内容を入れるのだ。
私はつい先日、自分の対談イベントを振り返る文章の中でこの方法を使った。私はフリートークが苦手なのだが、そのイベントで対談した方はお話がたいへん上手で、最初から最後まで大いに盛り上げていただいた。文章の中ではそのことをまず普通の言葉で書き、しかるのちに対談中の私の心境を「ホウキ相手でも良い試合ができるプロレスラーをホウキ側から眺めている感じ」と比喩的に述べた。こんなふうに、あってもなくてもいい比喩であれば、元ネタを知らない人がスルーしやすい。
文=川添 愛 イラスト=Akimi Kawakami
