
編集部注目の書き手による単発エッセイ連載「DIARIES」。今回は、オタク文化、女性の生き方、消費などをテーマに共感度の高い発信を続けている文筆家のひらりささん。ある日、「ざーーー」と音がするくらい一瞬で血の気が引いて、頭がうすく締め付けられる息苦しさを自覚した。理由は「失恋」。失恋から始まる日常のお話です。
失恋した。
失恋しました。
失恋したばかりです???
一晩寝て目覚めても、まだ混乱している。まっしろな脳内に「失恋した」の変化形だけがループしている。ふだん脳が参照していたはずのコマンドやデータセットはどこにも見当たらない。重大なエラーが起きている。
落ち着こう。一応、脳は起動しているようだ。
失恋したことは覚えているし、失恋した経緯も思い出してきた。
不意打ちだった。気持ちを伝えたのはクリスマスのこと。いったんは「自分もそんな気がしていた」「両思いっぽいですね」という返事だった。
だがしかし、相手から「関係に求めていることの方向性が違うのではないか」という懸念が示された。たしかに私たちは、とてもとても違う人生を送ってきていた。その後も会ってはいたが、どう進展してよいかはかりかねていたところ、相手から「りささんとのことで悩んで一度断っていたのですが、先に告白してくださった別の人とお付き合いすることになりました」と報告を受けたのだった。
一瞬で血の気が引いた。
かすかに、でもはっきり、ざーーーと音がした。
こういうときって血の気引くよな~、と冷静に思った。
そうか。ここで初めて、高原地帯にでもいるような、頭がうすく締め付けられる息苦しさを自覚する。一晩経っても、まだ血の気が引いているのだ。
目を開いてみよう。天井からぶらさがった白い物体が視界を覆う。HAYのペーパーシェード。我が家の寝室だ。死後の世界ではない。私は生きている。
血、どこに行っているんだろう。
どうにか「失恋した」以外の発想が浮かんだ。iPhoneを手に取り、ブラウザに「血の気が引く 血 どこ」と打ち込む。
「『血の気がひく(脳貧血/血管迷走神経反射)』の際、血液は主に下半身(足の血管など)に溜まっています。」
知ってる知ってる、血管迷走神経反射ね。強い恐怖やショックを感じると、副交感神経である迷走神経が活発になって血管が拡張し、心臓へ向かう血液量が低下して腹や下半身にたまる。その結果、脳にいく酸素量が減って「血の気が引いている」と感じる状態になるらしい。体って、よくできていますね。
人体の神秘に感心していたら、落ち着いてきた。
ア~ォと声がする。ベッドの脇から、猫がこちらを見上げていた。はいはい。お腹すいてるんですね。一拍置いて手足の重みを感じ、自分の喉の渇きにも気づく。
文=ひらりさ プロフィール撮影=Kimura Hinami
