1987年、歌手のアグネス・チャンさんが生後数カ月の長男を連れてテレビや講演の仕事に復帰したことから始まった「アグネス論争」。それから40年、女性の働き方は変わったのか。

アグネス・チャンさんと、女性学の第一人者・上野千鶴子さんが当時を振り返る共著『報われない社会で、それでも生きる』(Gakken)より一部を抜粋し、掲載する。


「アグネス論争」を目にした教授から“スカウト”された

上野 アグネス、その後、アグネスさんは1989年に渡米していますが、これは日本に嫌気が差して、半ば亡命するような形でアメリカへ行ったということだったのですか?

アグネス それは違います。アグネス論争における一連の報道が、アメリカの雑誌『タイム』で取り上げられたんです。スタンフォード大学のマイラ・ストロバー教授がその記事を読み、自身も仕事と子育ての両立に苦しんだ経験を持っていたので、アグネス論争に強い関心を寄せていたそうです。

 ある日、マイラ教授はあるパーティーで、医者である私の姉の知人に出会います。その後マイラ教授から「アメリカに来ることがあれば会いたい」という連絡がありました。それで彼女を尋ねたんです。

上野 どんな話をしたの?

アグネス 「ジェンダー研究を学んだことはないですか?」と聞かれて、「ないです」と答えました。「私のもとで学びませんか? そうでなければ、この子連れ論争はただ芸能人が叩かれたということで終わってしまうでしょう」と。

上野 ああ、そこまでおっしゃったのですね。

アグネス 「あなたは論理的に反論できないでしょ?」と言われて、スタンフォードで博士号を取ることを勧められました。想定外の提案でした。

 当時私は結婚していて、子どももいるし、日本での仕事もあるので不可能だったので一度は断ったんです。その時にマイラ教授から言われた一言が胸に刺さりました。「あなたは女性であること、さらに芸能人であることもあり、世間からは軽く見られている。でもスタンフォードで学位を取れば、世間の人達は、今よりあなたの意見に耳を傾けるでしょう」というものでした。

上野 その言葉が胸に刺さったのは、アグネスさんご自身が自分は軽んじられていると思っていたからですか。

アグネス 自分だけでなく、女性であるだけで軽く見られる世の中。マイラ先生が言ったことは正論だと思いました。

上野 でも、現実的には日本を離れることが難しい環境にいたわけですよね。

アグネス そうなんです。夫に相談しました。「どこの大学だ?」と聞かれて「スタンフォードだ」と答えたら、夫がビックリして「そういうチャンスは二度と来ないから申し込むだけ申し込んでみたら? どうせ受かんないよ」と言われたんです。でも試験を受けて論文を書いて、受かったのです。決して日本から逃げたわけではなく、マイラ教授にインスパイアされて渡米したというのが本当のところなのです。

次のページ 留学直前に妊娠。「やっぱり行けない」と教授に電話したが…