留学直前に妊娠。「やっぱり行けない」と教授に電話したが…

上野 日本での仕事が減るというリスクも厭わずに。

アグネス たくさんのレギュラー番組を持っていたんですけど休みました。代役を立てて、学期の間に日本に戻って仕事をできるだけ続けました。

上野 それだけのコストをかけても学ぶ意味があると考えたということですね。

アグネス はい。アグネス論争はどうして起きたのかを知りたかったのです。論争が女性差別が元だとしたら、女性学を学びたかった。そして本質的な問題と向き合って、世の中をもっと理解したかったです。

上野 闘うためには武器としての学問や学位が必要だと。

アグネス いや、闘うという発想はなくて、理解したかったです。それから、成長することで、私の後に続く女性達の役に立つことができるかもしれないという気持ちです。

上野 それにしてもよく決断しましたね。

アグネス 私も大胆なことをしたものだなと今更ながらに思います。実は留学の準備をしていた最中に2人目の子どもを妊娠していることがわかりました。

 さすがにこれは行けないなと思ってマイラ教授に電話で「やっぱり行けません」と伝えたら、教授はしばらく黙っていて、そして「妊娠したのですか?」と聞きました。私はびっくりして、「わかりましたか?」と聞いたら、「多くの女性はそれを理由にして自分の夢をあきらめます」と言われました。それから「その子が大きくなった時に、ママはあなた達のために学ぶことをあきらめたと言える?」と。子どものせいにはしたくないと強く思って留学することを決めました。

 スタンフォード大学には保育施設があり、キャンパスで乳母車を押している学生もよく見かけると言われました。1989年、34歳の時、2歳だった長男を連れ、大きなお腹を抱えて渡米し、マイラ教授のもと教育学、ジェンダー研究を学び始めたのです。大変でしたが、毎日が充実していました。1992年、大学院の博士課程を修了、学位論文を書き、1994年、スタンフォード大学の博士号を取得しました。その時は達成感に満たされ、嬉しかったです。

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