統合失調症の症状が現れた姉。病気を認めず、南京錠をかけて姉を家に閉じ込めた医師で研究者の両親。そして20年にわたって自身の家族にカメラを向け続けた弟。ドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』は、2024年の公開と同時に大きな反響を呼び、異例の大ヒットを記録しました。

 今年1月に刊行された同名の書籍『どうすればよかったか?』も発売前から予約が殺到し、発売から約1カ月で5回重版がかかるなど、今年注目のノンフィクションとして話題になっています。

 書籍で初めて描くことができた衝撃的な事態を目撃したとき、お姉さんをどうにか医療につなげようと孤軍奮闘していたとき、藤野知明さんはどんなことを考えていたのか? 映画ライター・ISOさんによるインタビューをお届けします。

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僕には姉が病気を発症した理由がわからない

――書籍には、お姉さんに症状が出る前のことも盛り込まれていましたね。

 そこを書くことこそが必要だと思ったんです。

――たしかに以前の家族の関係性がどうだったのかは気になっていたところでした。統合失調症の発症のトリガーについては、いまだ解明されていないにもかかわらず、家族のトラウマが原因と主張している人もいますから。

 映画の中では口論ばかりしていたこともあり、「子どもの頃から機能不全家族だったから、統合失調症を発症したのではないか」という感想も目にしました。もちろんそれなりのストレスはありましたが、僕からすると家族で楽しく暮らしていたという認識だったので、それは伝えておきたかったんです。

――映画のイメージからはかけ離れていたので驚いたのですが、お父さんと昆虫採集に行ったりもしていたそうですね。

 実のところ、父は虫の研究をしたかったそうなんです。ですが戦時中ということもあり、母の勧めで医学部に行くことにしたと。その名残もあってか家には父が作った大きな虫の標本もありました。

――実際、幼い頃の家族の雰囲気はどのようなものだったんですか?

 勉強しなさいという圧力はありましたが、それを除けば楽しい家族だったと思います。両親は共働きでしたが、年1、2回は家族旅行もありましたし、海やスキーに遊びに行ったりもしていましたから。だから本当に僕には姉が病気を発症した理由がわからないんですよ。

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