「六星占術」の創始者であり、“戸籍上の伯母”にあたる細木数子さんに育てられた細木かおりさん。幼い頃からそばにあった“細木数子”という存在、そして“占い”は、彼女の人生に大きな影響を与えてきました。
独特な家庭環境の中で、“第二の母”ともいえる数子さんに導かれてきたこれまでの歩み。そして、いま振り返って感じる数子さんへの想い。改めて、そのすべてを語ってもらいました。
“細木数子”の身内であることを公にしなかった理由
――占いは昔からお好きだったのですか?
いいえ、むしろ苦手でした(笑)。
私は生まれて間もない頃から3歳まで、戸籍上の伯母である母・数子の家で育てられました。小学校から高校にかけての時期は一緒には住んでおりませんが、母は何かあればすぐ駆けつけ、心の支えとなってくれました。私にとっての“第二の母”ともいえる大切な存在です。
当然、六星占術の根本的な考え方や活用法を耳にする機会も多く、教えも自然と日常に入り込んでいましたが、一方で「そんなのは関係ない」と思っている自分もいました。母に、より幸せに生きるための道しるべを示してもらっても、「鬱陶しい」と思っていたこともありました。ですから、いまでも「占いは信じません」という方のお気持ちは、よくわかります。
――細木数子さんの姪であることは、公にはあまり話してこなかったそうですね。
はい。母がテレビで活躍していた頃は、名前を出した瞬間に態度が変わる人も見てきたので、できる限り隠していました。自分からは、ごく近しい友人にしか話していませんでした。
大人になってからも、私が細木数子の身内であることは、本当に近しい人しか知らなかったと思います。
――それでも継承を決意されたのはなぜですか?
歳を重ねるにつれ、自分の人生にも、周囲の人生にも、大きな波が訪れる瞬間を何度も目にするようになったからです。若い頃はたまたまだと思っていた出来事が、あとから振り返ると、運気の流れの中で起きていたことに気づき、運気の流れに従って生きる大切さを知るようになりました。
決定的だったのは、母の個人鑑定の現場に入れてもらい、その姿勢を目の当たりにしたことです。母と相談者さんたった二人の鑑定室に同席させてもらい、私を後継者にしたい母の覚悟を感じ、逃げるわけにはいかないと思いました。
母に「あんたにしか継がせたくない」と言われ、私も母のように、運気の良い悪いを言い当てるだけでなく、1人でも多くの人が幸せな人生を歩めるように力を尽くしたいと考えるようになりました。
