女性性をうまく使いこなせないと女性芸人として生き残れない。男女でクラス分けされるNSC(吉本芸人養成所)で突きつけられた現実。大阪から東京へ飛び出し、悲願のTHE Wで優勝しても尚、「女」という呪縛からは抜け出せなかった――。
女性芸人の数が増えても女性コンビは増えない理由、フリーとしてやっていくために捨てたプライド……にぼしいわしのネタ作りを担当する伽説いわしが女のための下ネタライブ「ブー子」で果たしたい、「女が誰の目も気にせず笑える」未来。
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M-1の2回戦前日、深夜まで残業してて「パチン」と
――NSCを卒業してから、いわしさんは一旦就職されたんですよね。
そうです。いつかお笑いに戻ってこれたらいいけどな~みたいな感じで、M-1だけは記念受験の感覚で挑戦してました。2017年は3回戦まで行けて、ちょっと話題になって。「戻ってきたんだ!」って芸人仲間も声かけてくれて、そこからライブもちょこちょこ出してくれたり。仕事を辞めたのが2019年なんで、そこまでは両立しながらやってたって感じです。
――芸人一本でやっていこうと決意したのはなぜですか。
ある夜、職場で翌日使うパワポを作ってたんです。ちょうど次の日M-1の2回戦っていうときで。深夜12時になったときに、ふと「なんで私明日心斎橋の劇場に立つのにこんな12時過ぎまでパワポ作ってんねん」と思って。自分の中でパチンってなりました。それで2019年の3月に辞めたって感じですね。
――そこから吉本ではない事務所に入って、フリーになって。大阪でフリーの芸人さんって珍しくないですか。
2019年ぐらいのときは、大阪の芸人の8割くらいが吉本所属。残り1.5ぐらいが松竹で、0.5がフリー。ほぼいないってことですよね。でも2017のM-1でアマチュアでいいところまでいけたっていうのが1個自分の中で大きくて。それで、当時の大阪ではM-1の準決レベルの芸人が出る漫才ライブが吉本以外だとほとんどなかったので、自分たちで非吉本のライブを作りながらやっていこうって。
――東京進出を決めたのは?
2023年です。いざ自分たちがライブを作るとなると、キャスティングや新幹線のチケット手配、出演芸人のマネージャーさんとのやり取りなどに忙殺されて、自分のことがおろそかになってるなっていうジレンマがあったんですよ。
――自分たちが準決に行くために打ってるライブなのに、本人のネタが後回しになってしまうと。
そうです。でも自分がやるって言ってるからにはそこもおろそかになってはいけないじゃないですか。スタッフさんの教育だったり、お客さんを集めるためのブランド作りだったり、たぶんこれ大阪で実現するのに5、6年かかるなって思ったんですよね。それで1回ちょっと東京出てみようと思い立ちました。
――大阪と東京はどんなところが違いました?
まず事務所が入り乱れてる。あと、ライブを作る人が専属でちゃんといて、芸人が作ることがまずない。芸人主催ですとか言っても、案を出してることが多くて、出演者の新幹線のチケットは手配してない。基本的に制作の部分はちゃんとプロがいる。
――なるほど。
あと、うちらのような非吉本側からすると、大阪では準決行ったり決勝行ったりする人と出会えることがほぼなかったんですよ。だけどナルゲキとか行けば、普通に真空ジェシカさんとかいらっしゃるし。そうなるとしゃべれて、そこで話が聞けるじゃないですか。このネタを試してるってことは、次のM-1はこれで行くんかなとか、自分で見て勉強できるんです。
そこが大阪時代とはだいぶ違うところですね。今まですごい芸人さんを呼んでも制作にいっぱいいっぱいでしゃべれなかったけど、東京に行くともう一芸人なので、全然先輩らともしゃべれるし、やり取りもできる。その変化が大きかったかなと思います。
