
編集部注目の書き手による単発エッセイ連載「DIARIES」。今回は、初のフォトエッセイ集『撃ち抜くみたいに着飾って』を刊行された志賀玲太さんです。YouTubeチャンネル「QuizKnock」のディレクターとして知られる志賀さんは、実はゴスロリ服を愛するアラサー男子。“世間の目”と好きな服を身に纏うことについて綴ります。
何をするにも、人の感想ばかりが気になるようになってしまった。
映画やアニメ、ドラマにバラエティ。日々波のように押し寄せるコンテンツを必死に手元で選り分けていれば、いくつかは自分に刺さるものに出会うことになる。これはちょっと、すごいもの観ちゃったんじゃないか。歴史、変えちゃうんじゃないか。エンドロールも早々に次の映画を見せつけようとしてくるNetflixの画面を前にして、そんなことを思う。
ただ、最近はそんな風に面白いと感じたり、好きだと言いたい作品に出会っても、それを表明したり深掘りしたりする前についSNSの検索窓にその作品の名前を入れてしまう。自分以外の誰かがその作品をどう感じているか、世間がどう受け止めているかをまず知るべきであるような気がしてしまうからだ。
大事な作品について不用意なことを言ってしまいたくない、人の感想を読んだ上で自分なりの意見を組み立てたい──そんな思いもあるにはある。しかし、それ以上に自分の抱く感情に自信が持てなくて、既に世に放たれた人の言葉にすがってしまいたいという衝動の方が大きい。結果「自分の言いたかったことはこんなことだった」と、いいねのたくさんついたポストにまるで何かを代弁してもらったような気になって、自分の投稿欄に書きかけた文字列を消し始めてしまうことだって、少なくない。
何かの評価を調べようとして検索窓に単語を入力すると、少なからず「サジェスト」が目に入る。たとえば映画について調べるなら「作品名 レビュー」「作品名 興行収入」みたいに、同じ単語で検索をする人が他にどんな単語を並べているのかがわかるアレだ。サジェストに並ぶ単語は大抵は便利で気になるものである一方で、あまり目にしたくないものもある。それが「きらい」の文字だ。
ネット上に溢れるのは、好意的な反応や感想ばかりではない。むしろ、体感は否定的なものの方が多いくらいだ。だからって、自分の好むものが蔑まれている様子も決して見たいものではない。自分の好きな何かで検索をしようとして、サジェストに「きらい」が並ぶと、ぎょっとして一瞬体が硬直するような感覚に陥る。こんなものを見せないでくれ、と思う。
しかし、どんな人が私の好きなものを嫌っているのか、怖いもの見たさで実際に「〇〇(好きな作品名) きらい」で検索をかけてみると、思っていたのとは違う景色が広がっていることもある。「〇〇がきらいって言う人の気が知れない」「〇〇が嫌いな方もいるかもしれませんが、次のような見方をすると……」──見えるのはそれを嫌う人を仮想敵として、抗おうとする人たちの姿。よかった、私の好きなものは叩かれていなかったんだ。そう安心すると同時に、これも正解としての人の評価に怯えているからこその物言いであるようにも見えてしまう。みんな、怖いのだ。
文=志賀玲太
