『わるい食べもの』シリーズの食エッセイでもおなじみ、食いしん坊作家の千早茜さんが、子供の頃から特別に思うチョコレート。「サロン・デュ・ショコラ」を始め、最近チョコの祭典で増えてきたサブレについて考えてみました。

 サブレとは何か。

 本棚にある仏英独語対応の『洋菓子用語辞典』によると、サブレはフランス発祥の「バターが豊富に入った、さくさくしたクッキーの総称」とある。私はこれに異を唱えたい。フランスのサブレって「ざくざく」していませんか? 英訳で「shortbread」と表記されているのも納得がいかない。サブレとショートブレッドはまったく違いませんか?

 クッキーを単体で買う時、私はヴィエノワを選びがちだった。いわゆる絞りだしクッキーである。これこそが「さくさく」なる食感だと思う。ところが、ここ数年、「サロン・デュ・ショコラ」を始めとするチョコの祭典でショコラサブレが増えてきた気がする(カカオをサブレ生地に練り込んだものもあるが、この回ではサブレをチョコレートでコーティングしたものについて述べる)。親切なショコラティエだとレ(ミルク)とノワール(ビター)の両方を一つの箱に交互に入れてくれるところもある。

 フランスのサブレは私にとっては「ざくざく」だ。強い食感。バターはしっかり入っているし、その上、チョコレートが合わさると強すぎるのではないかと思っていた。おまけにフランスのパティシエ、ショコラティエは量に加減がない方々が多い。個包装なんてしてくれない。ショコラサブレは食べきれないかもしれないと避けていた。

 しかし、五年前に『Nicolas Bernardé』の「クッキーショコラ ノワール」を食べ、ざくざくとした食感とビターなチョコの組み合わせに衝撃を受けた。強いチョコと強い生地が拮抗している! ざっくざっくと食べるうちに活力がみなぎってくる! 長い箱にびっしり入っているのに勢いよく食べてしまった。それから、『Nicolas Bernardé』の赤い箱を欠かさず買うようになった。クッキーとかショートブレッドとか表記する時もあるが、バターのしっかり度は紛れもなくサブレなブランドである。

 ちょっと上品めなざくざくだと『MATHIEU LERENARD』のサブレも美味しい。レとノワール両方入っている。驚いたのが、薄いディスクチョコで有名な『PHILIPPE BEL』だった。すごくざくざくしている。砕いたナッツのせいなのか、砂糖の種類なのか、粉の挽き方が違うのか、それともやはりフランスのバターがなせる業か、日本のパティスリーでは食べたことのない食感だった。ものによっては塩の塊にガッとぶつかったり、カカオニブがガリッと砕けたりすることもある。均一ではないのだ。けれど、それが嫌かというとまるでそうではなく楽しい。計算された不均一さという感じがする。去年食べた「サブレ ショコラ キャラメル」は定番のキャラメル入りのディスクショコラとサブレが重ねられており、とろりざくざくした食感と美味に「神の御業か!」と慄いた。おそらく、カロリー的には悪魔の所業なのだが。

 フランスのショコラサブレの不均一なざくざくさに触れるたび、取材で見学に行った服飾美術館の学芸員の言葉がよみがえる。展示の際、着せつけというマネキンに服を着せる大事な作業があるのだが、現代のものではない服の着せつけの際、日本はかなりきっちりと文献に従って着せるそうだ。けれど、フランスの学芸員や補修士たちは割とラフに着せる。一見、雑に思えるが実際に着ていた人々の姿が時代を越えて生き生きと伝わるらしい。どちらが良いというわけではなく、展示スタイルの違いだという話を聞いた。ショコラサブレを食べる時、私は最もフランスを感じているのかもしれない。

 ちなみに「さくさく」したクッキーといえば、薄く儚い食感のラング・ド・シャもある。私にとってラング・ド・シャはどうも張り合いがなく、ホワイトチョコを挟んだものが地方の銘菓として散見されるのでこれまた避けがちだったが、東京の『JUN UJITA』の「ドンネラングオシャ」でラング・ド・シャを強く見直した。挟んでいるビターチョコが甘くないのがいい。酸味と苦味がしっかりとあり、儚いさくさくにパンチを加えている。手に取るともうとまらないので、購入の際は隙間なく詰められた大きめの缶を選ぶことをお勧めする。チョコレートは粉とバターと手を組むとやはり悪魔になるようだ。

 

千早茜(ちはや・あかね)

1979年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2008年「魚」(受賞後「魚神」と改題)で第21回小説すばる新人賞受賞しデビュー。09年『魚神』で第37回泉鏡花文学賞、13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞、23年『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞。近著に、西淑さんの挿絵も美しい短編集『眠れない夜のために』などがある。