
『わるい食べもの』シリーズの食エッセイでもおなじみ、食いしん坊作家の千早茜さんが、子供の頃から特別に思うチョコレート。その原材料であるローストしたカカオ豆の種皮を取り除いて砕いた「カカオニブ」について、お菓子のトッピングや単体で食べる以外にも、助かっていることがあるそうで……。
チョコレートがどうやってできているのか、知らない人が案外多いことを、私はこの連載をして気づいた。カカオ豆が種子であることを知らない人もいた。カカオの実がどんな風に生るのか、画像検索したらきっと驚くだろう。
「飲む貴族」で書いたように、最初チョコレートは飲み物だった。甘くなかった時代もある。南米では紀元前からカカオの栽培をしていたが、甘い固形物つまりは「イーティングチョコレート」として世界で食べられるようになってからはまだ二百年も経っていない。
チョコレートの作り方は「愛の地平線・前篇」でごくごく簡単に説明している。発酵のち乾燥を終えたカカオ豆を焙煎(ロースト)し、砕いて、すり潰し、そこにココアバターや砂糖や乳製品を加えて練りあげ固めるとチョコレートができる。ローストしたカカオ豆の種皮を取り除いて砕いたものがカカオニブ、カカオニブをすり潰してペースト状にしたものがカカオマス。この過程は『nib』で体験できる。カカオ豆を炙り、ゴリゴリと砕き、自分で作ったカカオニブを菓子に振りかけたり、目の前で練ったカカオマスでデザートを作ってくれたりと、カカオを五感で楽しめる楽しい店だ。
カカオニブはこりこりしていて、噛むと鮮烈にカカオの香りがたち、美味しい。ナッツだ!と思う。しかし、カカオニブが原材料ではなく、トッピングもしくは単体で食すものとして認識されたのはごく最近のことだと思う。
チョコレートを愛する私は製菓材料として知っていたが、七年前くらいに美容意識の高い年下の友人から菓子をもらった際に「これ、カカオブニが入っているんです。ちょっと苦いけど体にいいらしいですよ」と言われ「カカオニブかな……」と困惑した記憶がある。最初は健康食として扱われ、だんだん認知度があがってきた気がする。おそらく、自分の店で豆からチョコレートを作る「bean to bar」専門店が増えてきた頃からだろう。カカオ豆の皮で作ったカカオティーや、カカオパルプという果肉部分を使った商品もでてきた。カカオニブはボンボン・ショコラや焼き菓子のアクセントとしてだったり、パフェやケーキのトッピングだったりと、チョコレート界隈のみならず使われるようになった。蜂蜜専門店『L'ABEILLE』のカカオニブの蜂蜜漬けをもらったことがあるが、食感もカカオの香りも良く、スコーンやフレンチトーストにとても合った。
カカオニブが一般的になったことで、食べる以外に助かっていることがある。たまに人からお勧めのチョコを訊かれることがあるのだが、え……レ?ノワール?ブロンド?ホワイトは勘弁して……お洒落にルビー?まさか抹茶とか?あと、タブレットで?ボンボン?キャラメルが入ったパレとかがいいのか?それともオランジェットやアマンドショコラとかのコーティング系?と無限の宇宙に放りだされたような気分になる。

そんな時、とりあえず気を落ち着けて「カカオニブは好き?」と確かめるようにしている。「好きです!」と迷わず言う人はけっこうチョコ好き、カカオ含有率の高いノワール系といった強めのチョコレートもいける。「あー実はちょっと苦手です」もしくは「それなんですか?」と答える人はレ、つまりは日本人好みのミルクチョコ系からだ。そこから、もっと探っていかねばならないが、少なくとも向かうべき星雲くらいはわかるようになる。正直、カカオニブを持ち歩いて「どう?」と食べさせてからお勧めを提案したいくらいだ。
冒頭で、練りあげて固めてチョコレートを作る、といったことを書いたが、先日『SOMA chocolatemaker』の「オールドスクール ミルク」というタブレットを食べて(「ダーク」もある)、驚いた。カカオと砂糖しか使っておらず、粉の類はまったく入っていないのに、ざくざくとしたサブレのような食感なのだ。噛んでいるとだんだんよく知っているチョコレートになってくるが、未知の食感だった。面白い! 美味しい! と唸っているうちに一枚食べてしまう。カカオニブによって、なめらかさだけがカカオの魅力ではないと知っていたはずなのに、意表を突かれた。これだからチョコレートを追いかけるのはやめられない。
千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2008年「魚」(受賞後「魚神」と改題)で第21回小説すばる新人賞受賞しデビュー。09年『魚神』で第37回泉鏡花文学賞、13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞、23年『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞。近著に、西淑さんの挿絵も美しい短編集『眠れない夜のために』などがある。
文=千早茜 イラスト=西淑
