もっとみんなに「身勝手に」振る舞ってほしい
この「正解を探す癖」は、単純な趣味の対象だけでなく、自分の身に纏うものにまで及んでいる。服について調べようとするとき、サジェストに現れるワードの中で個人的に気になってしまうものがある。それが「何歳まで」「年齢層」といったワードだ。
気になる服やファッションブランドがあったときに、それが自分の年齢に見合うものなのか考えるのは自然なことだろうと思う。Q&Aサイトに投稿される「このブランドの服を〇歳の自分が着るのはまだ早いだろうか」「この価格帯の服はもう卒業するべきだろうか」といった質問の数々もそういった感覚の表れだろう。そもそも、年齢をはじめ自分のステータスに合わせて服を着ようとすることは悪いことではまったくない。時や場に合わせた規範=コードに沿って、適切な服を選ぶことができるのは確かな着こなし力だろう。でも、それだけでいいのだろうか。
今から6~7年くらい前のこと。従姉妹の一人が結婚することになり、家族で結婚式に呼ばれることになった。私にとっては物心ついてから初めての結婚式への参列であり、母にとってもずいぶん久しぶりのもののようだった。私は成人式で着ていたコートを引っ張り出してくれば当日の服装はどうにでもなりそうだったが、母はどうやら悩んでいる様子だった。聞いてみると、この機会に新しいドレスを買おうか悩んでいるらしかった。
価格もあまり高くないと言うので、そんなの好きにすればいいのにと思いながら、母が気になっているというドレスの写真をスマホで見せてもらう。知っているブランドの服だった。
それはネット上では「あざとい」デザインのブランドとして、どちらかといえばあまり良くない文脈でも登場する名前だということに気づく。着用するメインの年齢層も、母よりもむしろ私に近い、いわゆる若者向けのものだったはずだ。そこで今度は私が悩む。母に、そのことを伝えるべきかどうか。
結婚式という場所で母が恥をかくことがあって欲しくないと、まず思う。手にしたスマホの液晶に映るドレスは、シックな色合いながらガーリーな装飾も目立ち、フォーマルな印象よりは「可愛い」が先行するものだった。見る人が見れば違和感があるものなのだろうか? 当時の私にはよくわからなかった。
母さんよりは、私くらいの年齢向けのラインかもね──そう言いかけて言葉を飲み込む。そんな話をしたいんじゃない。適切な服選びなのかは、正直わからない。でも、似合うか似合わないかでいったら似合いそうだ。だからこそ、判断の基準を外側に委ねてしまうのは間違っているような気がした。それに、折角の結婚式なら好きな服を着た方が楽しいだろう。
現在の私は私服として、ロリィタファッションを好んで着ている。特に気に入っているのは十字架や薔薇の意匠が盛り込まれたいわゆる「ゴスロリ」で、家から着たまま外へと繰り出すことも多い。パニエで大きく膨らんだスカートに、棺桶の形をしたバッグ。身に纏うどれもがとても自然に街へと溶け込むものではない。でも、街からふわふわと浮くようなその「孤立」は私自身が確かに選び取ったものであり、どこまでも心地いいものに感じる。
私は、もっとみんなに「身勝手に」振る舞ってほしいと思っている。結局、母はスマホに映った服をそのままカートへと突っ込み、それを着て結婚式へと参列した。至極当たり前のこととして、その服を咎める人は誰もいなかった。主役が他にいる場でもし服に何かを言う人がいたら、そっちの方がマナー違反だ。弱いはずのお酒を飲んで赤くなり、けらけらと笑いながら従姉妹に話しかける母の姿が目に入る。私の方が考えすぎだったのだ。
この数年で服についてものを書くようになり、以前より多くのことを知ることになった。その今だからこそ、当時の母に「言うべきこと」を言わなくてよかったと、はっきり思う。母は三姉妹の末っ子で、何かと不自由な子供時代を送っていたのだとよく聞いていた。家にいながら、電話口で伯母と喧嘩していたのも時々目にしていた。その母が、とびきりのドレスを着て伯母らと並んで笑う写真が、今も手元にある。
志賀玲太(しが・れいた)
東京都出身、東京藝術大学美術学部芸術学科を卒業。クイズ王・伊沢拓司率いる東大発の知識集団「QuizKnock」に2017年6月より加入し、現在はWebメディア「QuizKnock」の編集者・ライターとして活動中。他、短歌やエッセイを中心とした文筆活動や、メディア出演など。語ること、書くことが好きです。
X:@Petzvaled

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文=志賀玲太
