「知らない人にも普通に読めるが、分かる人には分かるネタ」を仕込んでおく

 三つ目は、「元ネタを知らない人には普通の言葉として理解でき、知っている人には『ああ、あれのことだな』と分かるように書く」というものだ。より具体的には「できるだけ固有名詞を使わないで書く」と言ってもいいかもしれない。固有名詞というのは、それをよく知っている人には瞬時にイメージや背景を想起してもらえるので便利だが、初めて聞く人には「それは誰(/何)のことだろう?」と身構えさせてしまう。「マニア以外の人は知らないかもしれない何か」に言及するとき、固有名詞を使わずに「これこれこういう人(/もの)」と説明的に書くと、そのジャンルにくわしくない人でも一応理解できる文になる。

 たとえばの話だが、自動車を巧みに操る人を見て、私がクルマ漫画の金字塔『頭文字D』を想起したとする。しかしそれをそのまま「頭文字Dみたいだった」と書くと、『頭文字D』を知っている人には通じるだろうが、そうでない人には伝わらない。そこで、「頭文字D」という固有名詞を使わず、「豆腐を積んだ車で豆腐を崩さずにドリフトを決めるかのようだった」とか書けば、同作を読んだことがない人でも理解できるし、読んだことのある人には「頭文字Dのことだな」と伝わる。

 私はこの方法を、映画や漫画を紹介する際に使うことがある。昨年上梓した『パンチラインの言語学』という本の中でも、漫画『北斗の拳』のあらすじ紹介でこの方法を使った。具体的には「(この作品の)舞台は、世界が核の炎に包まれ、文明が滅びてしまった199X年。人々は水不足と食糧不足、そして世界にはびこる暴力に苦しみ、明日を見失ったりほほ笑みを忘れたりしていた」という紹介の仕方をしたのだが、最後あたりの「明日を見失った」と「ほほ笑みを忘れた」という部分は、アニメ『北斗の拳』の主題歌『愛をとりもどせ!!』から持ってきている。作品紹介というのは、その作品を知らない人にとっては有用だが、すでに知っている人にとっては退屈だ。そういうところに「知らない人にも普通に読めるが、分かる人には分かるネタ」を仕込んでおくと、「分かる人」にも楽しんでもらえる確率が高まる。

 ちなみにこの三つ目の方法は、紹介するかどうか非常に迷った。というのも、これについて、他の言語学者から「川添さんって『犬笛』を使うよね」と言われたことがあるからだ。「犬笛」という用語は、よく政治的な文脈で「一般の人々には普通の言葉に聞こえるが、特定の層にだけ差別的な意図が伝わるような表現」という、良くない意味で使われることが多い。よって、私の工夫をそんなふうに形容されるのは心外なのだが、「同じ言葉でも、受け取る層によって異なる意味に捉えられる」という現象を利用している点では、確かに通ずるところがある。

 もっとも、言語現象そのものには良いも悪いもなく、善悪が問われるのは使い手の意図だ。読者の皆さんにはくれぐれも、ここで紹介した方法の暗黒面に陥ることなく、人を楽しませるためだけに使っていただきたいと思う。

川添愛(かわぞえ・あい)

言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』『日本語界隈』(ふかわりょうとの共著)『「わかってもらう」ということ 他人と、そして自分とうまくやっていくための言葉の使い方』『パンチラインの言語学』『裏の裏は表じゃない』など多数。