「センスのある言葉」の対極にあると思われる「おやじギャグ」。周囲をドン引きさせないどころか、「価値」や「お得感」を感じさせるためのおやじギャグ・テクニックとは?
気鋭の言語学者・川添愛さんが日常に飛び交う会話を様々な角度から分析し、「言葉のセンス」を探求する言語学エッセイ連載第2回です!
こういう連載を始めてしまった以上、「言葉のセンスとは何なのか」を考えざるを得なくなった。あくまで現時点での見解だが、言葉のセンスとは「意味内容とは別の、付加価値のようなもの」ではないかと考えている。意味がちゃんと分かるとか、意図がきちんと伝わるとかは当然のこととして、さらに「お得感を感じさせる何か=言葉のセンス」という見方だ。
そういった「付加価値」や「お得感」の中で、一番分かりやすいのが「ユーモア」だ。しかし、これはかなりハードルが高い。
先日、とある人生相談の企画で、50代の女性から「おやじギャグを言う癖があり、真面目な場面でもつい口に出してしまい、盛大にスベッて空気を冷やすことがある」という相談が寄せられた。これを聞いたとき、古い記憶がありありと蘇ってきた。
若かりし頃、料理教室に行ったときのこと。単発の講座で、先生も他の生徒もみな初対面。天ぷらの下ごしらえの説明中、先生はエビを一尾手に取り、「エビは、もともと曲がっている方と反対側に曲げます」と言った。そして、そのエビを文字どおり「えび反り」に曲げながら、こう言い放った。「イナバウアー」と。
その場は凍りついたし、私も耳を疑った。もちろん、私にもそれが「反ったエビと、フィギュアスケートで身体を大きく反らしながら滑る技をかけたギャグ」であることは理解できたが、一ミリも笑えなかったのである。その後、先生は何事もなかったかのように次の説明に移った。そのメンタルの強さには感服した。
たぶん、あの先生も相談者と同じタイプの人なのだろう。しかし「イナバウアー」の一件を思い出すに、「おやじギャグを言う癖」はなかなか厄介だし、鋼のメンタルを併せ持つ必要がある。それにそもそも、おやじギャグで人様に価値を感じさせるのは難しい。「センスのある言葉」の対極にあるような存在だからだ。
だが、おやじギャグを言いたくなる気持ちは少し分かる。私はギャグこそ言わないが、モノマネ(とくにプロレスラーの真似)は結構するし、人前でもしてしまいそうになるときがある。以下では同情ついでに、そういう人たちがどうすれば周囲を凍りつかせずにおやじギャグを発することができるか、さらにおやじギャグに「価値」や「お得感」を付け加えることは可能かを考えてみたい。
文=川添 愛 イラスト=Akimi Kawakami
