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海から来る「戦」と「宝」

 現在、日本に約3,300基ある灯台。船の安全を守るための航路標識としての役割を果たすのみならず、明治以降の日本の近代化を見守り続けてきた象徴的な存在でもありました。

 建築技術、歴史、そして人との関わりはまさに文化遺産と言えるもの。灯台が今なお美しく残る場所には、その土地ならではの歴史と文化が息づいています。

 そんな知的発見に満ちた灯台を巡る旅、今回は2023年に『木挽町のあだ討ち』で第169回直木三十五賞を受賞した永井紗耶子さんが静岡県の掛塚灯台を訪れました。

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風の中に立つ灯台

 掛塚灯台に辿り着いた時、その余りの風の強さと冷たさに、冬の海の厳しさを感じた。

 風が強く吹きつけるのは周りに何もないからでもある。海岸線に面し、砂州が近いところにポツンと立っている白い灯台。そこに向かって真っすぐに歩いて行く。その風景は、どこか地の果てまで来たかのような寂しさと、ショートフィルムのようなセピア色の風景にも思える。

 しかし、そこに立っている当人たちは、寂莫とした心地などとは無縁である。

 髪の毛は逆髪の如く靡き、首に巻いていたマフラーは吹き飛ばされそうな勢いである。そして、風は肌に突き刺すように冷たく、

「寒いね」

 と言った先から、口の中まで風が吹きつける。

「風が冷たくて歯が痛いです」

 編集者の内藤淳さんの言う通り、歯まで沁みる。

「風が歯に沁みるって、歯医者でしか感じないですよね」

 などと言って、ガタガタと歯の根が合わない寒さに大笑いしていた。

 いよいよ灯台に近づいた。

 さあ、灯台の中に入れば、少しは風を凌ぐことができるはずだ。

 そう思った私たちの前に現れた掛塚灯台。目の前にあったのは、はしごである。

「これ……このはしごを登るのですか」

 そう。外付けのはしごを登ったところにドアがあるのだ。

「ヘルメットをどうぞ」

 海上保安庁の近藤大輔さんに手渡されたヘルメットをしっかりと被る。ショルダーバッグのストラップを斜めに掛けた。

「風が少し止んだ隙に行こう」

 覚悟を決めて、はしごに手を掛ける。

「下を見ないようにして下さい」

 先に上に登っている海保の深浦さんの声に導かれ、手元だけを見て登る。そうしている間に、またしても刺すように冷たい風がビューっと吹いて来る。はしごにしがみついて、ひいいい、と小さく悲鳴を上げながら、ようやっと灯台の中へと足を踏み入れた。

「これは……怖い……」

 ここまで来るだけで、運動音痴の私にとってはなかなかのスリルがあった。

 一旦、中へ入ると、風の音もなく静かである。温かさもあり、守られている安心感があった。

 ただ、中に入ってからも灯室までははしごを登っていくことになる。細いはしごを登りながら、ようやく灯室に辿り着いた。

 見渡す限りの海。そして、その近くには風力発電の風車が見える。

「なるほど……せっかくの強風ですもんね」

 と、先ほどの身を刺す風が、エネルギーに変わるのだということを改めて痛感する。

2024.08.02(金)
文=永井紗耶子
写真=橋本篤
出典=「オール讀物」2024年7・8月号