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 現在、日本に約3,300基ある灯台。船の安全を守るための航路標識としての役割を果たすのみならず、明治以降の日本の近代化を見守り続けてきた象徴的な存在でもありました。

 建築技術、歴史、そして人との関わりはまさに文化遺産と言えるもの。灯台が今なお美しく残る場所には、その土地ならではの歴史と文化が息づいています。

 そんな知的発見に満ちた灯台を巡る旅、今回は2023年に『木挽町のあだ討ち』で第169回直木三十五賞を受賞した永井紗耶子さんが静岡県の清水灯台を訪れました。

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灯台への旅

「灯台に行ってみませんか」

 オール讀物の編集者、八馬祉子さんから言われた時には、

「は? トウダイ……??」

 と、脳内で漢字変換できないくらい、ピンと来ていなかった。

 究極のインドア生活が長く、夏だからといって海に出かけることもなければ、マリンスポーツもクルージングも縁遠い。港に遊びに行くと言っても、せいぜい近場で横浜のみなとみらいかお台場くらい。観光で漁港に行っても、手元の海鮮丼しか見ていない。

 なんで私が灯台に……

「作家お一人につき、一つのエリアを巡るのですが、永井(ながい)さん、所縁(ゆかり)のある静岡県でいかがですか?」

 確かに、母方の実家もあり、大井川で産湯をつかった所縁のある静岡県。

「そこに建つ灯台と、それを巡る土地と歴史の物語を探る旅なんです」

 そう言われると面白そうだ。

 海辺にぽつんと佇んでいる灯台。何故、そこに建ち、どんな人々が携わって来たのか。そして今、どうしているのか。確かにそこには詩情溢れる物語がありそうな気がしてくる。

「行ってみたい……かもしれません」

 かくして私は、期せずして、灯台と向き合う旅に出ることになった。

羽衣伝説の三保

 一月某日。

 静岡駅に降り立った私は、コートの襟を立て、ぐるぐる巻きにしたマフラーに顔を埋めていた。冬とはいえ、とりわけ寒い日であった。

「海辺に行くなら、夏が良かったですね」

 八馬さんは言う。

「でもまあ、海に入るわけじゃないし。灯台だって建物だから」

 気楽に構えていたことを、三日間の旅の終わりにほんの少しだけ後悔することになる。

 とはいえ、これからは楽しい旅だ。

「やっぱり鰻(うなぎ)は外せませんよね」

 何だろう……グルメ旅の様相を呈している気もするが、かく言う私の手元にあるのは、週末旅のガイドブックである辺り、既に重厚感からはかけ離れている。

 しまった……他の方はずっしりとした灯台物語を書いていらっしゃるというのに、私はこのノリで良いのだろうか……。

 若干の不安は、鰻の感想を言い合ううちに吹っ飛んだ。

「まずは、地元の産物を知ることから始めないと」

 いい言い訳を見つけたものである。

2024.05.31(金)
文=永井紗耶子
写真=橋本篤
出典=「オール讀物」2024年5月号