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参道沿いには、ちょっとおしゃれなカフェや土産店なども
「歩いてみましょう」
参道沿いには、ちょっとおしゃれなカフェや土産店などもある。冬ということもあって、今は人気(ひとけ)もまばらであるが、さすがは有名な景勝地だ。
やがて視線の先に鬱蒼(うっそう)とした松原が見えて来る。長年の海風のせいか、幹は太く這うように伸びている。何匹もの大蛇がうねっているようで、なかなかの迫力だ。そしてその松の向こうには、大きな青い海が広がった。
「海だ!」
思わず歓声を上げる。
いや、海水浴に来たわけでもなければ、夏休みの小学生でもない。でも、何でか分からないけれど、青い海が視界に広がると、わくわくした喜びが駆けあがって来る。そのまま松原を抜けて砂浜に向かう。
と、びゅーっと冷たい冬の風が吹きつける。
「寒っ……」
先ほどのはしゃいだ気持ちとは裏腹に、身を縮めつつ、ゆっくりと歩く。そしてふと左の方に目をやると、
「おお……富士山だ」
ドン、と、富士山が見えた。
青く霞(かすむ)む山の上には、白い雪を頂いている。
青い海、白い砂浜、鬱蒼とした松原、そして富士山。その色彩のコントラストは正に絵に描かれたようである。
「これを見て、浮世絵にしたくなる気持ち分かるなあ……」
東海道を旅した人々は、この景色を見た感動を伝えたいと思い、描いたのだろう。私もこれまで何枚も浮世絵で眺めて来たのだが、こうして目の前にすると、
「うわあ……」
という、語彙力の欠片(かけら)もない感嘆しかない。
この浜に漁師や海女の姿を見た人が、創作意欲に駆られて『羽衣』を書くのは納得できる。ここは、天から天女が舞い降り、そして飛び去るのに相応(ふさわ)しい景色だ。
「さて、いよいよ本題に参りましょう」
鰻、絶景と、土地の魅力を知ったところで、目指す灯台へと向かった。
2024.05.31(金)
文=永井紗耶子
写真=橋本篤
出典=「オール讀物」2024年5月号