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 現在、日本に約3,300基ある灯台。船の安全を守るための航路標識としての役割を果たすのみならず、明治以降の日本の近代化を見守り続けてきた象徴的な存在でもありました。

 建築技術、歴史、そして人との関わりはまさに文化遺産と言えるもの。灯台が今なお美しく残る場所には、その土地ならではの歴史と文化が息づいています。

 そんな知的発見に満ちた灯台を巡る旅、今回は2018年に『銀河鉄道の父』で第158回直木三十五賞を受賞した門井慶喜さんが島根県の出雲日御碕灯台を訪れました。

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絵はがきのような美しさの灯台

 もしもあなたが灯台なるものにはじめて興味を抱いて、よし、見に行こうという気になったら、ここに行けばまちがいなし。

 そんなふうに言いたくなるくらい、出雲日御碕灯台はおあつらえ向きの場所だった。

 白い灯塔がすっきりと高く(日本でいちばん高い由)、いかにも灯台らしい優しい姿をしている。てっぺんの灯室のガラス窓と、それをぐるりと取り囲むバルコニーの柵との組み合わせはまるで王女の冠のよう。

 それでいて足もとの磯がゴツゴツして、船の座礁の可能性を暗示しているあたりは風景の塩味もきいている。まったく絵はがきのような美しさだ。観光地としての使い勝手もたいへんよろしく、駐車場は完備しているし、おみやげ屋や食堂もあるし、灯台内部は一般公開されている。誰もが満足できるという点においては、ここは全国一のスポットのひとつだと思う。私たちの行ったときには天気は晴れで、これがまた風光明媚な印象をいっそう完璧にしたことだった。

 もっとも、これらの事実は、私には恐怖の原因でもあった。高いところが苦手なのである。私は灯台の下に立ち、真上へ首を折った。高さ四十四メートル、だいたい十五階建てのビルくらいの灯塔を見ながら、

「登るんですか」

 ぼそっと聞いた。「オール讀物」編集部の嶋田美紀さんはにっこりして、元気な声で、

「登ります」

「……高いなあ」

「登りましょう」

 この旅に来たことの後悔の念がもっとも強くなったのは、けだしこの瞬間でもあったろうか。

2023.08.11(金)
文=門井慶喜
写真=橋本篤
出典=「オール讀物」2023年8月号