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現在、日本に約3,300基ある灯台。船の安全を守るための航路標識としての役割を果たすのみならず、明治以降の日本の近代化を見守り続けてきた象徴的な存在でもありました。
建築技術、歴史、そして人との関わりはまさに文化遺産と言えるもの。灯台が今なお美しく残る場所には、その土地ならではの歴史と文化が息づいています。
そんな知的発見に満ちた灯台を巡る旅、前回に引き続き2018年に『銀河鉄道の父』で第158回直木三十五賞を受賞した門井慶喜さんが島根県の美保関灯台を訪れました。
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広さと狭さを同時に感じさせる日本海
その灯室から見おろす日本海は、ひろびろとしていた。
どこまでもつづく淡い青のカーペット。その上を大小の船が左右に行き交っている。あんまり数が多いように見えないのは、向こうに陸影がないからだろう。
水平線と青空だけが支配する世界。ここは瀬戸内海のような、対岸の見える、いわば道路的な海とはちがうのである。
もっとも、無限という気配もない。案内役の海上保安庁・浦野貴司さんや中村真弓さん、松江観光協会・朝倉功さんが、かわるがわる、
「きょうは春霞が出ていますが、出てなければ、あっちのほうに隠岐が見えます。韓国はあっち」
とか、
「もう半月ほどすると、あっちから黄砂が飛んで来ます。そこだけ空気の黄色いのがはっきり見えます」
などと説明してくれるのが理由だろうか。見えないだけで対岸はある。そこにはユーラシア大陸という日本史にとっての古代からの重圧がながながと横たわっているのである。
このあたりの感覚は、たとえばおなじ水平線のひろがる海でも太平洋とは異なるところだ。もちろん太平洋だって向こうに大陸はあるわけだが、しかし何ぶんアメリカの西海岸では距離がありすぎる、物理的にも文化的にも。日本海はこういう意味において、広さと狭さを同時に感じさせる不思議さがあるのだ。
2023.07.05(水)
文=門井慶喜
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2023年6月号