この記事の連載

ブラントンが置き残した人間的価値

 或る意味では二十一世紀の現代にまで引いているのだから、これは一種の美談というか、先生と生徒のあいだの関係の理想像のひとつだろう。私は外観を見終わると、さまざまな思いにふけりつつ、隣接するビュッフェに入った。

 ビュッフェは煉瓦造りの古い建物で、もともとは「吏員退息所」、すなわち灯台員たちの家だったとか。食事の前、この建物を管理する三角邦男さんに、

「灯台守が、ここに住みこんでいたのですか」
 と聞くと、三角さんはうなずいて、
「三人いました。それぞれの家族も」
「三家族同居ですね」
「ええ」

 三角さんの話によれば、彼らの暮らしは、或る時期まではずいぶん不便なものだったらしい。上水道がないので雨水をためて濾過して飲み水にしたとか、野菜を得るため建物のまわりを畑にしたとか、そんな話が伝わっているという。

 三角さんが、
「灯台守やその家族は、夜はもちろんですが、昼も意外と忙しかったのではないでしょうか」

 と最後に言われたのは印象的だった。ブラントンが置き残した人間的価値が、

(ここにも、ある)

 そんな気がしたのである。

 現在は、住みこみの灯台守はいないという。

 その必要がないのである。何しろ灯台のあかりは電気だから燃料油の補給はいらないし、点灯も消灯もセンサーが明るさを感知して自動的にやってくれる。そんなこんなで灯台の維持管理といっても、基本的には、海上保安庁の担当者がときどき車で巡回に来るだけなのだとか。まったくブラントンの想像もしなかったような時代になったわけだ。

 ビュッフェでは、私はカレーライスを注文した。サラダとスープがついている。ガラス越しに海を見ながら食べると格別おいしい気がしたけれども、ブラントンなら、

「カレーはカレーだ」

 で終わりにするかもしれない。海にはたくさんの船が行き交っていた。

美保関灯台

所在地 島根県松江市美保関町地蔵崎
アクセス JR松江駅から一畑バス(美保関ターミナル行き)で40分、終点で美保関コミュニティバス美保関線乗り換え約30分、美保神社入口下車、タクシーで約5分、徒歩約20分
灯台の高さ 14m
灯りの高さ※ 83m
初点灯 明治31年
https://www.mihonoseki-kankou.jp/see/see_toudai/
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海と記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/

「海と灯台のまち会議」が開催されました

2023年6月7日(水)に東京都中央区・時事通信ホールにて「海と灯台のまち会議」が開かれました。役割が変化している灯台の新たな価値創造について語り合い、これまでにない施策づくりを目指した有識者間でのセッションが繰り広げられました。全国各地での灯台の利活用の事例やアイデアが多数発表され、大泉潤・函館市長は恵山岬灯台での取り組みを紹介。玩具業界など異業種からの参入による新たな事例も取り上げられました。

オール讀物2023年6月号

定価 1,100円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

次の話を読むまるで絵はがきのような美しさ 戦前から人気の観光スポットだった 日本一の高さを誇る出雲日御碕灯台へ

← この連載をはじめから読む