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仕事人間ブラントン

 私は灯室を出て、螺旋階段を下り、屋外へ出た。

 例によって、ぐるりと歩いて外観をたしかめる。朝倉さんが、

「ブラントン型です」

 と言ったとき、得意げな顔になったのは、たぶん見まちがいではないと思う。

 リチャード・ヘンリー・ブラントン。この徳川末期に来日し、数えかたにもよるが三十基ちかくもの灯台を建てて去ったイギリス人技師の名は、それほどの英雄らしい後光を帯びつつ現在でも語り継がれているのだ。

 ならば、そのブラントン型とはどのようなものか。手がかりになるのは彼自身が離日直後にイギリスで発表した論文「日本の灯台」だ。徳力真太郎訳『お雇い外人の見た近代日本』(講談社学術文庫)所収。

 所々の灯台の建築材料は、その土地土地で最も適していると思った石や煉瓦や木材や鉄を使用した。およその灯台は、基礎部は円形にし、塔の外壁は基部から上方へ緩やかな縦勾配をつけ、内壁は垂直にした。塔の基部には半円形の倉庫を造り、内部は二つに区画して、一方は燃料油の貯蔵所に他は資材置場にした。

 美保関灯台は、この記述にきわめて忠実な外観をしていた。切石積みで上へ行くほど細くなり(もっとも高さはさほどでもない)、基部には半円形の建物がくっついている。

 半円形だから純粋に美的観点から見るとアンバランスで、たとえて言うなら飛行機の翼を片方だけ切り落としたような収まりの悪さがあるわけだが、しかしこの半円の弧のふくらみは、海に向かって突き出ている。

 いかにも海からの強風をなめらかに左右へ受け流していて、そのイメージに爽快さがある。

 機能性が審美性をおぎなっている、という言いかたもできるだろう。出入口の扉が海とは反対側の壁に設けられているのも、灯台設計の基本とはいえ、機能重視の設計態度をいっそう強調しているようだ。私はそれへ近づいたり、ちょっと遠ざかったりしながら、ひとり、

「そうなんだよなあ」

 つぶやいた。

「これが、ブラントンっていう人なんだよなあ」

2023.07.05(水)
文=門井慶喜
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2023年6月号