断崖の上に築かれた中世の城郭都市マルヴァン

山の頂に見えるのが、マルヴァン。その眺めは、まさに天空の街。

 アレンテージョ地方を旅していると、牧歌的な風景が続くなかに、突如として城壁に囲まれた街が現れ、驚かされることがたびたびある。アレンテージョの最果て、マルヴァンもそのひとつ。この街は、スペインとの国境を見下ろす標高865メートルの断崖の上に築かれた、中世の城郭都市だ。城は12世紀に建てられ16世紀に繁栄のピークを迎えたが、現在は高台にある城砦が残るのみ。

 ふもとの街から、花崗岩の断崖が続く山を上り、マルヴァンをめざす。曲がりくねった道の先に見え隠れする城砦や白壁の民家は、まるで蜃気楼のよう。村に到着し、入り口にある大きなアーチをくぐると、石畳の小道に白壁の家が並ぶ、素朴な街並みが現れた。

石畳みの小道沿いに並ぶのは、住宅や小さな雑貨店、カフェなど。

 美しく飾られた鉄格子の家や、真っ赤に塗られたドアのある家が並ぶ通りを、思いのままに歩く。道幅は車がやっと一台通れるほどの狭さで、たまにすれ違うのは、住民とわずかな旅行者ぐらい。

狭い坂道を走るのは、わずかな住民の車や郵便局の配達車。静かな道を、猫が自由に往来する。

 坂を登りきり、山頂にある城砦にたどり着くと、赤い屋根の家並みの向こうに、サン・マメデ山脈の眺望と、スペイン領バレンシア・デ・アルカンタラの街並みが広がっていた。

山の頂に残る城壁の跡。眼下に広がる眺めが壮大。
可愛らしい家並みの向こうに見えるのは、山脈と数十キロ先にあるスペイン領。

 夕暮れ時になると、赤瓦と白壁の家並みがオレンジ色に染まり、街並みはいっそう幻想的に。そんなノスタルジックな光景に心を奪われながら、なぜか、急に故郷が懐かしくなったり、子どもの頃を思い出したり。そうしているうちに、いつのまにか日が暮れ、街は真っ暗になってしまった。今思えば、このときのなんとも言い表しがたい感情こそが、ポルトガルでよく耳にする「サウダージ(愛する人やモノ、時間など、失われたものに対して抱く郷愁や哀しみ、懐かしさを表す)」だったのかもしれない。

街灯がカラフルな家と石畳みを照らす夜。路地裏の風景が旅情をかきたてる。

【取材協力】
Turismo de Portugal
URL https://www.visitportugal.com/ja

芹澤和美 (せりざわ かずみ)
アジアやオセアニア、中米を中心に、ネイティブの暮らしやカルチャー、ホテルなどを取材。ここ数年は、マカオからのレポートをラジオやテレビなどで発信中。漫画家の花津ハナヨ氏によるトラベルコミック『噂のマカオで女磨き!』(文藝春秋)では、花津氏とマカオを歩き、女性視点のマカオをコーディネイト。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。
オフィシャルサイト http://www.serizawa.cn

 

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2014.11.04(火)
文・撮影=芹澤和美