世界を旅する女性トラベルライターが、これまでデジカメのメモリーの奥に眠らせたままだった小ネタをお蔵出しするのがこのコラム。敏腕の4人が、交替で登板します。

 第207回は、大沢さつきさんがスペインのアラゴン州を旅します。


岩に包まれた修道院で
厳かな気分からスタート

 見どころが多様でゴハンもおいしいスペインは、人気のデスティネーション。今回はイベリア半島の北東部に位置するアラゴン州に出かけた。

 最初に訪れたのは旧「サン・フアン・デ・ラ・ペーニャ修道院」。道中、ピレネーの山々を見晴らしながら、山深い奥地へと分け入る。清澄な空気があたりを包む。

 と、山道から見上げると、張り出した岩壁に押し込まれたような修道院が見えてくる。ガッチリと岩で守りを固めたようにも見える修道院だ。

 この修道院のもととなる教会は、10世紀にモサラベ様式で建てられたのだそう――モサラベ様式とはイスラム統治下のスペインにあって、イスラム文化の影響を受けながら生まれたキリスト教の美術のことだ。

 こんな北のピレネー地方までイスラム勢力に押し込まれていたとは……。改めて世界史の授業で習った「レコンキスタ(国土回復運動)」が、スペインにとってどれだけ重要なことだったかを思い知る。

 この修道院の圧巻は、ロマネスク様式(10世紀末~12世紀のキリスト教美術様式)の回廊だ。張り出した岩を屋根に、静謐な山の空気に包まれながら瞑想に励んだであろう中世の修道士たち。

 そしてこの修道院は、当時レコンキスタの中心のひとつであったアラゴン・ナバーラ王国歴代の王の霊廟も担っていた。フランスから来た修道士たちも多かったと伝わるほど殷賑を極めていた。

 なんかこう、キリスト教最前線。「イスラム教にピレネーは越えさせん」そんな思いが伝わってくるような感じだったのだろうか。

 でも……そんな緊張感とは裏腹に。3頭身で表現された柱頭彫刻の聖人たちの愛らしさに、ほっこりとした気持ちにもさせられる。

 この“ほっこり”感がロマネスク美術の魅力のひとつではあるのだけれど、癒しの力も大だ。

 そして、この修道院には数々の伝説や史実も遺されている。

 ひとつは「聖杯伝説」で、最後の晩餐に使われたとされる宝石をちりばめた聖杯が、この修道院に伝わっていたのだとか。史実としては、イベリア半島で初めて「ローマ典礼」が行われた歴史上の場所でもあるのだそうな(それまではモサラベ式で行われていた)。

 そのスゴさに関しては残念ながらあまり実感が湧かないものの、さまざまな逸話をもつほどたいそうな修道院だったのだということは推しはかれる。

 修道院がもたらす敬虔な心持ちと、ロマネスクの柱頭彫刻の温かみとを胸に、次なる目的地ハカへと向かう。

2019.04.30(火)
文・撮影=大沢さつき