【WOMAN】
老婆が夢見る美しく穏やかな妄想と、人々の小さな物語
西洋風の邸宅でアボカドを食べながら、四姉妹とメイドがハイソな会話を交わしている。長女の顔が一瞬で、老婆の顔に変わる。どぶがわのほとりでひなたぼっこをしながら、彼女は想像を膨らませていたのだ。アパートで一人暮らしをする名もなき老婆には、友人もいなければ言葉を交わす隣人すらいない。だが、彼女の部屋には本がある。『若草物語』『さくらの園』『ひみつの花園』……。それらの物語を脳内再生することで、孤独なんて易々と乗り越えることができるのだ。
いや、そんな素敵な結論では終われない。無口な老婆はたった一度、近所の少年と会話を交わす。「ぼうずはええなあ これからいろんな景色が見えるなあ」。想像の世界に飛び込まなくても、現実でさまざまな経験ができる少年のことを彼女は「ええなあ」と言ったのだ。人は、物語さえあれば生きていける。だが、物語の世界に浸るのはもう少し後でいい。この本はそう、告げている。
『どぶがわ』(全1巻) 池辺 葵
「谷底の臭気漂うこの川沿いに私の楽園はある」。どぶがわのほとりで幸福そうに微笑み、謎のつぶやきをもらす老婆。言葉を交わすことなくすれ違う町の住人達は、老婆の存在をきっかけに、さまざまな記憶を思い出していく。鮮やかなエピローグが胸に迫る連作短篇集。
秋田書店 619円
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Column
男と女のマンガ道
男と女の間には、深くて暗い川のごとき断絶が横たわる。その距離を埋めるための最高のツールが、実はマンガ。話題のマンガを読んで、互いを理解しよう!
2014.11.03(月)
文=吉田大助