この記事の連載

 
 

動かずとも汗が吹き出すはずの季節にも、ひんやりと冷たい私の身体。ある時、「真っ赤に熱された鉄球」のような激情への憧れから演劇のワークショップを受けてみると、冷えた身体の中に滾るような熱を発見して――。魔法のない時代に生きる「魔女」を描いたエッセイ、第9回です。前篇を読む)

 私は、自分が汗をかかないことを疎ましく思っている反面、やはりどこか安心もしていた。私にも、オリンピックくらいの頻度で身体がカッと熱くなる時がある。それは大抵怒りに支配されたときで、そうなれば大量の水を一気に流し込まれたホースのようにコントロールがきかなくなってしまう。大声で意味不明なことを叫ぶ、物を投げる、自分の身体をなにかで刺したり、どこかに打ち付けたりして傷つける。決して人には見られたくない、私が私でなくなる瞬間だ。それは身体が急激な感情の変化に耐え切れず、ひび割れた部分から熱湯が噴き出しているような感覚だった。またあんな自分になってしまうのが怖い。なにかに熱が入りそうになるたび、そんな自分が顔を出すような気がして、とっさにブレーキを踏んでいたのかもしれない。私が欲しかったのは、そういう破れかぶれの暴発ではない。あの日客席から見ていたような、制御された発熱である。自分の中の獣の手綱をしっかりと握りしめ、伝えたいことをあらぬ方向に放り投げるのではなく、真っ赤に熱された鉄球を両の手でしっかりと相手に手渡すような激情を、私は身につけたかったのだ。

 ワークショップは日を重ねていき、あるとき私は実際に舞台に出てみないかと誘いを受けた。こんな私でも面白がってくれる人がいるのだと少し浮かれたまま、数日後に劇団での稽古が始まった。台本を手渡され、まずは机に座って読み合わせる。文章を読むのは私にとって難しいことではない。いつもより少し大げさに抑揚をつけてセリフを読んでいく。私はすでに、汗をかくことを放棄していた。大丈夫だ。このまま、そつなくこなしてしまおう。本読みが終わって、私たちは台本を持ったまま舞台を模した稽古場のスペースに移動した。演出家の掛け声と同時に、舞台さながら動きながら物語を進めていく。私が話す番になって、自分なりに身振り手振りを加えながらさっきと同じようにセリフを話す。ふた言ほど言い終わった直後、演出家がパンと手を叩いて芝居を中断した。

2025.08.05(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香